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坐禅と見性(机龍之介はアクセス禁止)

1 :南予出身:04/05/18 09:27 ID:5l4pouB+
前スレは机の乱入で糞スレになってしまいました。
 新たにここで、見性について情報交換しましょう。

検証した人に、見性のきっかけ、修行のコツなと伺いたいです。
どうか、我々凡夫にアドバイス下さい。


2 :名無しさん@3周年:04/05/18 10:16 ID:eaPeW80k
坐禅していない人は、このスレには参加できないのかな。
坐禅は難しいから、見性している人は少ないのではないかな。
見性は禅ばかりではないと思うが。

禅の公案や見性は物真似のように見える。
使う言葉も、禅の用語ばかり、もう少し自分の言葉で話すことができないのかな。
前スレの チ−ンも、カーンも、机と同じように見える。物真似ばかりしておる。

3 :露堂:04/05/18 11:16 ID:QzBT2RPX
まずは記念カキコ

坐禅は“安楽の法門”といわれるくらいですから難行でも苦行でもありません。
菩提心さえあれば誰でも続けられるものです。
これほどすばらしいものはありませんね。

まあ、マターリ行きましょう。



4 :名無しさん@3周年:04/05/18 14:50 ID:iN8RxAGi
まあ、明日は明日の風が吹くというのが悟りの境地だな。

5 :露堂:04/05/19 08:53 ID:dcnZwH7f
 白隠が「隻手の音声」という有名な公案を掲げて提唱をしているのをみて、ある店の主人が言ったそうだ。

 白隠の片手の声を聞くよりも、両手を叩いて商いをしよう。

 それに対して白隠は涼しい顔して、

 隻手の音声そのものが商いじゃもの、いかいご苦労。

 と言ったそうだ。

6 :名無しさん@3周年:04/05/19 10:03 ID:mOVAn263
禅を知らない者には分からない、物真似ばかりしておるな。

7 :名無しさん@3周年:04/05/19 11:35 ID:rfRK5Kaj
座禅は心や体のバランスのとれた状態をさぐり出す意味があると思う。
その状態を身につけてアンバランスにならないようにする。
欲望に傾いたり、自暴自棄になることを避けられると思う。


8 :名無しさん@3周年:04/05/19 12:03 ID:RLCvkd5v
明日は明日の風が吹くとは、無責任な境地だな。
心身のバランスをとるぐらいなら、禅でなくともできる。

9 :南予出身:04/05/19 16:26 ID:/UF6xgvj
私は曹洞宗のお寺の坐禅会に参列し始めて1年になるが、今週私だけ呼ばれて
「無字の公案」(犬に仏性はあるか? 無、というやつ)を出された。
感激した。よ〜し、この公案と取り組むぞ!!!!!しかし、難しいね。この公案を
自分の実感として解けたら、見性体験するんだろうね。何年かかることやら。

10 :名無しさん@3周年:04/05/19 16:29 ID:Mod2f8/g
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1.
基地外久しぶりやのう、あひゃひゃひゃ

11 :名無しさん@3周年:04/05/19 16:30 ID:cLZ7GZHb
タイトルにコテハン名を入れるとまずいよ

12 :露堂:04/05/19 16:33 ID:dcnZwH7f
>>9

ぜひ何年かかろうと真剣に続けて、是非透関して下さい。
それだけのものは絶対にありますよ。

13 :名無しさん@3周年:04/05/19 16:38 ID:qPBtCjxi
>「無字の公案」(犬に仏性はあるか? 無、というやつ)を出された。

犬に問うたら如何でしょうか


14 :名無しさん@3周年:04/05/20 02:27 ID:lDmMOYIa
>>13
犬と同レベルの2ちゃんねらーの総力を結集して9を徹底させてあげよー。
さあ、


「犬に仏性のありやなしや!?」

15 :名無しさん@3周年:04/05/20 15:10 ID:oJpRFukW
付く絵に仏性ありやなしや?

16 :南予出身:04/05/20 15:29 ID:6fBAvP/g
路堂さん。励まし、ありがとうございます。頑張ります。

17 :露堂:04/05/20 16:11 ID:ja6bnpxU
よい縁に恵まれましたね。禅は最初が肝心です。最初を誤れば掛け違ったボタンと同じで、とんでもない方向へ進んでしまいます。
一度誤れば、修正するのはほとんど不可能になります。2chにもそういう御仁がおりますね。

始めは無を追いかけるでしょう。
追って、追って、追って、とことん無を追いかけてください。
それが透過する早道です。

提唱には出来るだけ参加したほうがよいでしょう。ある時、まるで自分のために言ってくれていると思うときが来るかも知れません。
その時は、かなり透過が近いかもしれませんね。でもこれを期待してはだめですよ。
これはそもそも雑念ですからね。今言った事は聞き流して捨ててください。
男子一生の問題ですので、中途半端で投げ出さないように(そんなことはないと思いますが)、頑張ってください。


18 :南予出身:04/05/20 19:48 ID:C/qGFp3t
露堂さんへ。そうなんです。無を実感しようと思うのですが、頭の中で考えて
いるだけで、実感できないんです。だから「見跡」のまま、「見牛」の位にいけません。
 疲れているときは時々坐禅をサボるので、これからは20分でもいいから毎日やろうと
思っています。

19 :名無しさん@3周年:04/05/20 23:45 ID:9eJRlzx/
犯罪者机龍之介 ◆8Z1PfzdK1は、禁止なのか

警察に通報するぅていうと、どこかに逃げやがったか。

20 :名無しさん@3周年:04/05/21 03:15 ID:7QBSx4WL
犬だろうと仏性あるのが前提の禅宗で、なんで「無!」とか言っちゃうわけ?
だれか一人くらい知ってるんだろ?え?

21 :名無しさん@3周年:04/05/21 03:26 ID:BsLAX4Wz
なんと簡単な問題を出すのか。しらけた。

22 :名無しさん@3周年:04/05/21 03:41 ID:ZhJ6922P
>>18
心配せんでも>>17のカキコから察するにけん制はしておらん。
けん制しておったら言うはずのないことをチラホラ出てくるよって間違いなかろう。

23 :名無しさん@3周年:04/05/21 03:45 ID:ZhJ6922P
>>18
君がけんせきと言うのもあやしい
けんせきはつくえぐらいをけんせきというのであって君はそこまでいってなかろう。ん。

24 :露堂:04/05/21 08:42 ID:V8Y/Waf2
>>18
無字公案の取り組み方は、もう師家から聞いていらっしゃると思うので言っても仕方ないと思いますが、
とりあえず言うと、始めは考えるものです。
そして一所懸命に考え抜くことです。考えて、考えて、考え抜くことです。
そうしているうちに考えるものもなくなって、一切の思考が停止してしまいます。
まったくお手上げ状態のどん詰まりです。そこまで行かないと、この公案は透りません。
それがこの公案の意味があるところですからね。
その近くになると、たぶん師家から生来の悪癖を指摘されます。
それが機縁となって気が付き、論理知識が支配している世界から超脱するでしょう。


25 :露堂:04/05/21 09:20 ID:V8Y/Waf2
見跡とは仏教や禅のことが知識として正しく理解できた段階です。
ですから、禅とは何かを一応理解していなければ、参禅しようとしませんし、間違っていれば師家から指摘されますので、参禅する方は見跡の段階でしょう。
参禅もせず自己流の間違った解釈を主張し、仏祖伝来の禅を正しく理解しようともしない方は尋牛の名にも値しません。


26 :南予出身:04/05/21 09:54 ID:Fa1GMHlG
露堂さんへ。考え抜いていくことから始めていいのですね。分かりました。
ところで、公案の解答や、解釈が書いてある本を何冊が持っているのですが、
そういうものを参考にしていいのでしょうか?道場では本は読んではいけない、と
聞いているので、そういう本をヒントにするのは邪道かな、と思って開いて
いないのですが・・・・・

27 :露堂:04/05/21 10:17 ID:V8Y/Waf2
公案禅と黙照禅の違いはありますが、公案も、いずれ只管打坐に落ち着きます。
つまり、一心に考え抜くことで妄念妄想の起こる余裕を与えず、起きればムーの一字で妄念妄想を破砕するわけです。
そうして正念(この場合は無)を純一化していくのです。
また解答書があるといっても何の役にも立ちません。師家の前でムーとうなってもだめです。
師家の前で、本人が体得した無の端的を証明しなければなりません。
それは各人違います。見性していれば師家はすぐ点検しますから分かるものです。
師家についているならば、あまり本を読まないほうがいいと思います。それは禅から離れることになりますよ。
私の場合は、前は経典もよく読みましたが今はあまりよみません。確証するためには読んでいますが。


28 :名無しさん@3周年:04/05/21 10:58 ID:j3GT/p4E
>>27
そのとうりですね。
あまり本は読まないほうが良いですね。


29 :名無しさん@3周年:04/05/21 11:03 ID:j3GT/p4E
本を読むと知識ばかり入って、
内からでてこないようですね。


30 :露堂:04/05/21 12:01 ID:V8Y/Waf2
知識や理屈が頭を支配しているうちは、禅定に入ることはできません。
一般の方は、世間の情報に右往左往して、それが感情とないまぜて妄念となって出てくるのです。
最近はこの程度がかなり重症で落ち着きのない人が多いようです。これは一種の心病です。
一種の生活習慣病なのですが、多くは気が付きません。
禅は、この生活習慣であり、とめどなく出てくる念の連鎖断ち切ることからはじめる訳です。
これが無字の公案でもあるのです。


31 :名無しさん@3周年:04/05/21 12:29 ID:cKzptSsp
禅は知りませんが、何事も基礎がとても大切ですね。
一般に、知識というのは、外から入ってきた借り物ですからね。

32 :名無しさん@3周年:04/05/22 16:08 ID:qw/Crdgb
>>25
>自己流の間違った解釈を主張し、仏祖伝来の禅を正しく理解しようともしない方は尋牛の名にも値しません。
まことにその通り。間違った解釈を主張し、正しく理解しない方は、妄念に囚われている。

無字の拈提を一生懸命やっていくと、
初めは自分と無字が別々であったものが、次第に軌道に乗ってきて無字の拈提が深くなり、
自分と無字とが一つとなり、この調子でいけば自分も見性(けんしょう)できるに違いないという、
一種の確信に似たものが出てくる。そこでなお一層無字の拈提に力が入ってくる。
こうした段階が 見跡 である。

33 :名無しさん@3周年:04/05/22 16:10 ID:qw/Crdgb
>>27
失礼ながら指摘すると
>師家の前で、本人が体得した無の端的を証明しなければなりません。
>それは各人違います。見性していれば師家はすぐ点検しますから分かるものです。

知識や理屈でもって見性を点検する師家。
知識や理屈でもって見性を証明しようとする行為。
どちらも理論を離れていない。見性は屁理屈の応酬ではない。

それには色即是空の事実を自分自身で確かめる必要がある。
それには只一つ。無字の拈提に全力を捧げ、只自己を忘じて無字ばかりという実践が必要である。
この実践を続けていくと、何かの機会に自分が完全にカラッポでどこにもないという事実と、
カラッポだからすべてが自分であるという事実が手に入るのであります。
この実践と体驗が無い限り、それは観念禅であり思想禅あることを知らねばならない。
色即是空の事実を自分自身で確かめたなら証明や点検は不要である。

34 :名無しさん@3周年:04/05/22 16:20 ID:qw/Crdgb
>知識や理屈が頭を支配しているうちは、禅定に入ることはできません。
>一般の方は、世間の情報に右往左往して、それが感情とないまぜて妄念となって出てくるのです。
>最近はこの程度がかなり重症で落ち着きのない人が多いようです。これは一種の心病です。
「一般人の愚かさに較べて、自分自身が特別な方である」という思いは妄念である。
知識や理屈の支配しない状態、落ち着く状態、それだけでは無字の拈提とは言えない。
「一般人の愚かさに対する等別な自分自身の賢さ」という妄念が消えぬ限り、何も進まぬことを知れ。

35 :凡夫:04/05/22 16:43 ID:7gtxbAU4
公安の様子を観たことがありますが、何故あのような修行があるのか凡夫に
は分かりません。思考に依らない空から発する直言のやり取りに見えるが、
時に苦し紛れの儀式にも見える。公安は言葉の相撲にも感じる。
矢で射るような公安より、水面の光と葦のそよぎに身を任す様な時の無い世
界に私は浸りたい。

36 :凡夫:04/05/22 17:15 ID:7gtxbAU4
公安は公案の誤り、まさに凡夫、素人なり。

37 :名無しさん@3周年:04/05/22 17:48 ID:c2af5yUt
>>33
>>34
禅は知りませんが、これが本当の禅なのでしょうね。

>この実践を続けていくと、何かの機会に自分が完全にカラッポでどこにもないという事実と、
>カラッポだからすべてが自分であるという事実が手に入るのであります。
禅は知りませんが、そのとおりですね。

久々に、身体を張って体得してこられたものを読ませていただきました。
ありがとうございます。


38 :名無しさん@3周年:04/05/22 23:56 ID:9BadsK2X
>>21
ものすごくいっぱい批判してあげるから、なんか言ってよ。

39 :名無しさん@3周年:04/05/23 14:04 ID:5mLWWhY1
>>38
犬に仏性と言っても理解できないから。

40 :400000:04/05/23 17:47 ID:13ORPtBK
>それには色即是空の事実を自分自身で確かめる必要がある。
>それには只一つ。無字の拈提に全力を捧げ、只自己を忘じて無字ばかりという実践が必要である。
>この実践を続けていくと、何かの機会に自分が完全にカラッポでどこにもないという事実と、
>カラッポだからすべてが自分であるという事実が手に入るのであります。

 失礼ながら、大きな勘違いがあるんではないかなと思うのです。
もしあなた様に大きな勘違いがあるとしたら、それはなんですか?
答えてみてください。


41 :名無しさん@3周年:04/05/23 18:34 ID:mXvxb3Ko
>>40
「信心が生み出された時の真相」は何故語られないのか?

あなたは疑問に思わないのか?

疑問に蓋をした侭行動するのは、多くの人を不幸にするかもしれない。

自分1人の問題ならば、それでいいかもしれないけれど。

42 :400000:04/05/23 21:51 ID:13ORPtBK
>疑問に蓋をした侭行動するのは、多くの人を不幸にするかもしれない。
>自分1人の問題ならば、それでいいかもしれないけれど。
失礼ながら、それは建前で、
 本音は「ペラペラしゃべると減る。もったいない」だと思います。
このように、多少不正確さはあっても本音を喋るほうが、悟りには
近いはずです。 そうすると、次には何が減るのか、なぜ減るのか? という
より本質に近い問題を問うことができるのです。人類の不幸を背負うには
まだ準備がいるとおもうのです。
 どうでしょうか?


43 :名無しさん@3周年:04/05/23 21:56 ID:7rCLVblC
いまだかつて、仏性の有無に迷った犬を見たことなし

莫妄想


44 :名無しさん@3周年:04/05/23 21:59 ID:qlyu52bG
>>39
犬でもないのに犬が理解できないと決めつけること自体、禅的ではないな。
それともおぬし、犬か?わんわん。
どっかの解説を鵜呑みにするからそういうことになる。
反省しる!

45 :名無しさん@3周年:04/05/23 23:01 ID:/HcM9E3h
>>42
>疑問に蓋をした侭行動するのは、多くの人を不幸にするかもしれない。
>自分1人の問題ならば、それでいいかもしれないけれど。

国語的な解釈ですが、
「疑問に蓋をした侭行動する」とは、
本当に悟らないままに言動をしていくと、又は、悟っていないのに悟ったように思い込んだ言動をしていくと、又は、悟りに遠いのに近いように思い込んで言動をしていくと、
かえって、多くの人々を迷わせることになるのではないでしょうか ということを言っているのではないでしょうか。

「自分1人の問題ならば、それでいいかもしれないけれど。」とは、
自分ひとりが悟ったと思い込んで、その考えを誰にも言わずに自分だけのものにしておく分には、
他の人を迷わせることがないから、それでいいかもしれないけれど と言っているのではないでしょうか。


46 :名無しさん@3周年:04/05/23 23:18 ID:BDtlhdpV
>>44
犬は3歳児レベルの言語も理解できない。そんなことも解らないの?

47 :名無しさん@3周年:04/05/23 23:20 ID:e7/oF1ai
犬は悟っている


48 :名無しさん@3周年:04/05/23 23:24 ID:e7/oF1ai
犬は悟っている
それは事実だ。
知性と言うものをもちあわせていなくても。
それは悟りが人間が価値を置く知性と何ら関係のないことを示している。
人間の知性とは何だろうか?
それは分離。
または判断とも言う。
善悪をつけること。
善悪を付けるとき、人は悪いことを避けようと
現実をコントロールしようとする。
それが苦しみの元。

49 :名無しさん@3周年:04/05/23 23:37 ID:qlyu52bG
>>46
そーゆーいみならなおさら悪い。
なぜ仏性を言語を通して理解しなければいけないのか?

50 :名無しさん@3周年:04/05/23 23:42 ID:qlyu52bG
>>48
悟りが分別を離れることならその通りだろう。
でもそしたらアフォほど覚者に近いってこったな。
お悟りの意味を練り直していらっしゃい。

51 :名無しさん@3周年:04/05/24 00:01 ID:ZlszaDmJ
>>49
おまえに言っても解らん焉。

52 :名無しさん@3周年:04/05/24 00:03 ID:k40JQEBJ
>>51
わかってやるから言ってみそ。

53 :名無しさん@3周年:04/05/24 00:04 ID:wTR+P1BB
そう。アフォほど真実に近い。
頭の良いものは未来を見る(実際は幻想。未来は頭では認知できない)
ために現実でないものを作りだし、幻想に溺れる。
決して真実を見ることは無い。
むしろ見ることを恐れるだろう。w

シャンカラの弟子に頭の悪い者が居た。
でも彼は誰れにも負けないハートを持っていたので
一番最初に悟りを得た。

54 :名無しさん@3周年:04/05/24 00:12 ID:ZlszaDmJ
>>52
キチガイを尊敬できるか?

55 :名無しさん@3周年:04/05/24 00:38 ID:k40JQEBJ
>>54
尊敬せんでいいからなんか言って実

56 :名無しさん@3周年:04/05/24 00:38 ID:k40JQEBJ
>>53
シャンカラ引用すな(w

57 :名無しさん@3周年:04/05/24 01:16 ID:ofEEXO3w
>>40
気に召されるな。
話の状況によってそのように書き込んだまでです。
あなた様は無知による執着、我のことを指摘されているのでしょう。

58 :名無しさん@3周年:04/05/24 01:44 ID:ofEEXO3w
>>48
犬だけではござらん。
すべてでござる。
タイゴされもうしたか
タイゴの法を知っておられるか
世は広いのー

59 :名無しさん@3周年:04/05/24 01:49 ID:AhbArqPv
犬はどこでも交尾するからな。
ある意味悟ってると思う。俺も。

60 :名無しさん@3周年:04/05/24 03:09 ID:/d1My5bv
全ての宗教はつまるところ二つの価値観に集約される。
ハートを基準にした全肯定の道と、絶対無を基準にした全否定の道である。
キリスト教・スーフィズム・クンダリーニヨーガは前者であり、仏教・禅・道(タオ)は後者である。
そしてもう一つの境地に、ソクラテスの産婆術・グルジェフの純粋意識・仏陀のヴィパッサナーがある。
実はサマーディーにはいくつかのステージがあり、純粋意識・ハート・絶対無となる。
私が見るところ見性の境地はは純粋意識の段階ではないかと思う。


61 :ミロク@兜率天:04/05/24 04:04 ID:222aXbfe
お前らステージだの段階だの考えなくてもいいよ。だってお前らすでにゴールしてんだからさ(藁

62 :露堂:04/05/24 08:56 ID:IPNIdQcd
>>33
>知識や理屈でもって見性を点検する師家。
>知識や理屈でもって見性を証明しようとする行為。
>どちらも理論を離れていない。見性は屁理屈の応酬ではない。

相当、勘違いされているようですな。
参禅されている方ならば容易に察しがつきますが、このような師家がいるはずもないのです。

>>34
>「一般人の愚かさに対する等別な自分自身の賢さ」という妄念が消えぬ限り、何も進まぬことを知れ。

もし、そのように採られたならば、私の言葉の至らなさです。
そのようなことは思ってもおりませんし、気が付かないところで、まだ我執に囚われていたのかもしれません。
ここでは無字公案の意味を一端を述べたつもりです。


63 :名無しさん@3周年:04/05/24 10:34 ID:acxhd7J5
犬は神だ
DOG→GOD

64 :露堂:04/05/24 10:40 ID:IPNIdQcd
>>33
>それには只一つ。無字の拈提に全力を捧げ、只自己を忘じて無字ばかりという実践が必要である。
>この実践を続けていくと、何かの機会に自分が完全にカラッポでどこにもないという事実と、
>カラッポだからすべてが自分であるという事実が手に入るのであります。

恐らく自他一如の平等観を言ってらっしゃるようですが、失礼ながらこれは片一方の見方で十分とは思えません。
これはこれで必要で尊いことなのですが、本当の見性は法に証せられるところが必要なのです。
平等観の中から因縁による差別が証せられないと見性とは言えないと思います。
弘法大師が明けの明星をみて口に飛び込んできて悟った、あるいは香厳和尚が竹に石が当たって悟ったなどはまさに法に証せられた端的です。
私の禅友は鐘の音が体を通り抜けていったなど、見性した方は大なり小なりこのような法に証せられた体験を持っているはずです。
そこを無門関では、驀然として打発すれば、天を驚かし地を動じて、・・・・と語っているのではないでしょうか。
また道元禅師は、・・・万法進みて自己を修証するを悟りという、と語っているのだと思います。


65 :南予出身:04/05/24 11:16 ID:4N44jADo
これまでは数息観で座っていましたが、このところ無字の公案を考えながら
座ってます。突破できそうで突破できない感覚があります。あっという間に
時間が過ぎますね。ああ、早く突破したいものです。

66 :露堂:04/05/24 11:35 ID:IPNIdQcd
>>65
まあ、マターリしかも真剣にやってください。

>あっという間に時間が過ぎますね。
雑念妄念がなく公案に専念しているよい証拠です。しかし

>ああ、早く突破したいものです。
これを自己をたてるというもので、これを持ってはいけません。専一に無に参じていればよいのです。
因縁が熟すまで何年もかかる方もいますからね。
長足の進歩のためには摂心にも参加したほうがよいでしょうね。



67 :南予出身:04/05/24 16:01 ID:SGacJdLb
露堂さんへ。助言ありがとうございます。あせらずじっくり取り組んでみます。

68 :名無しさん@3周年:04/05/24 21:15 ID:r+11Skgl
このスレはGL2に違反してないのか?


69 :名無しさん@3周年:04/05/24 21:50 ID:IQ/y+bAy
>>68
背に腹は代えられぬ

70 :名無しさん@3周年:04/05/24 22:39 ID:atLiW6KX
>>64

>この実践を続けていくと、何かの機会に自分が完全にカラッポでどこにもないという事実と、
>カラッポだからすべてが自分であるという事実が手に入るのであります。

>>33ではありませんが、一般的な話として、
上記の体験があると、それと同時に、あなたが言っておられる、下記のような体験もするのではないでしょうか。
ですが、法に証せられるといわれる下記のような体験は、あまり言わないのではないでしょうか。
その理由は、その現象は個人的によって異なり、誤解して受け取られることがよくあるからです。
このような初期の法に証せられたことを確認できるのは、「自らの中に仏性を見出す」ようになるからではないでしょうか。
禅は知りませんが、このようなことは共通しているように思われます。

>弘法大師が明けの明星をみて口に飛び込んできて悟った、あるいは香厳和尚が竹に石が当たって悟ったなどはまさに法に証せられた端的です。
>私の禅友は鐘の音が体を通り抜けていったなど、見性した方は大なり小なりこのような法に証せられた体験を持っているはずです。
>そこを無門関では、驀然として打発すれば、天を驚かし地を動じて、・・・・と語っているのではないでしょうか。
>また道元禅師は、・・・万法進みて自己を修証するを悟りという、と語っているのだと思います。



71 :名無しさん@3周年:04/05/25 02:01 ID:S6GK4Koe
>>70>>64
>弘法大師が明けの明星をみて口に飛び込んできて悟った、
>あるいは香厳和尚が竹に石が当たって悟った

>自分が完全にカラッポでどこにもないという事実
をどうすれば切り離すことができるのか?
同じ現象を表現方法を変えているだけにすぎないのに。

72 :雲水とうきち(>>60):04/05/25 05:20 ID:FM/SnCyo
真言宗と禅宗は根本的に違う。
真言密教はクンダリーニヨーガやチベット密教と同じ系統だ。
禅とは正反対の方法論なのだ。

それと見性と大悟はまったく違う境地である。
それは臨済宗と曹洞宗の用語の違いなのではない。
アドヴァイタの用語を用いれば見性はアートマン、大悟はニルヴァーナだ。

73 :雲水とうきち:04/05/25 06:16 ID:FM/SnCyo
禅定は自己ヒーリングだと思います。
ただし一般的なヒーリングがハートに力点を置いているのに対し
禅定ではハラに力点を置いています。
例えば怒りが起こった時は深呼吸して三つ数えなさいといったようなことです。
どの角度から見るかの違いなのですが
真の自己ヒーリングにはどちらの要素も必要なのです。
というよりも一般的なヒーリングの概念にはもう一つの重要な要素が抜けているのが現実です。
すなわちそれは『覚』です。覚めている状態、意識が意識自身に気づいている状態のことです。
覚・ハート・ハラ。

74 :400000:04/05/25 09:35 ID:UwYL7WC+
>「自分1人の問題ならば、それでいいかもしれないけれど。」とは、
>自分ひとりが悟ったと思い込んで、その考えを誰にも言わずに自分だけ
>のものにしておく分には、他の人を迷わせることがないから、
>それでいいかもしれないけれどと言っているのではないでしょうか。

丁寧に読まれるのですね。
しかし悟りというのは私が悟るのではないのです。悟りが私を見ているのです。
ですから悟りには迷いはありません。
悟りのように見えるのは悟りではなく、迷いです。
 あなたが悟ったとするとそれは悟りではなく迷いです。迷いだから他人を
迷わすのです。


75 :名無しさん@3周年:04/05/25 10:00 ID:aYJN+5sj
釈迦が梵天に勧請されるまでは沈黙しようとしたのは、迷いではなければ、
何なんだろうか?偉大なる御配慮とでも申すべきか…

76 :名無しさん@3周年:04/05/25 10:26 ID:CcHX0zpv
>>71
「同時」が「切り離し」になるならば、言葉の壁の限界ですね。
言葉の壁の限界は、人を選びませんよ。


77 :名無しさん@3周年:04/05/25 12:05 ID:O0etj1Vc
山田無文という老師がおられました。
彼は坐ることが好きで、出世にも関心がなく、よく坐っていたそうです。
彼は見性の無い坐禅は無意味である、また、ただ坐るだけでは意味がない とも言っておられました。
公案もよろしいですが、もっと坐ればどうでしょうか。
彼の法話は聴衆を引き付けるものがありました。禅僧特有の荒々しさや、天魔ぶりは見られませんでした。


78 :露堂:04/05/25 13:15 ID:W8iSw8eW
>>77
そうですね。
もっともっと坐るべきでしょうね。
(坐)禅ではなく坐(禅)になる位に坐らないと、心に染み付いた深い囚われは
取れそうもありませんね。


79 :名無しさん@3周年:04/05/25 14:23 ID:UwYL7WC+
>山田無文という老師がおられました
 亡くなられたのですか?
無文さんに匹敵する、今の人はいませんか?
 誰もいないはずです。
 現存する凄い人はいつの時代もいませんが、歴史上では
何時の時代も凄い人がいます。
 無文さんはしりませんが、この世界はだいたい死んでから
値打ちがでますね。みんな死ぬのを待っていて、ここぞと
ばかりにもちあげます。死人にくちなし言いたい放題。
宣伝して担ぎ上げて、利用し放題。禿げ鷹です。


80 :名無しさん@3周年:04/05/25 15:01 ID:IEWR1Srx
>>79
山田無文さんは、生きておられたときから知られていましたよ。
妙心寺派第26代官長や、花園大学学長でもあった方です。
山田無文老師は出世欲のない方ですから、この方を存命中に官長や学長に推挙された周りの方々も、よく修行をされた方々だったのではないでしょうか。


81 :名無しさん@3周年 :04/05/25 18:00 ID:8dxRdvQw
>釈迦が梵天に勧請されるまでは沈黙しようとしたのは、
>迷いではなければ、何なんだろうか?

それだそれ!!その詳細希望!!!!詳しい人!

82 :雲水とうきち:04/05/25 18:45 ID:ATAbz/YA
>>81
OK!私が答えよう。
まず最初に梵天とはブラフマンからきた言葉ですよね。
アートマン(真の自己もしくはハイヤーセルフ)がブラフマン(神性)に溶け込むわけですよ。
悟りにはステージがあります。自己を得る→神性への溶け込み(個から全体へ)→創造の源泉。
ゴータマが至った境地はさらにその先、心身脱落、絶対、涅槃、不在、ニルヴァーナなわけです。
完成とは死を意味する。この段階に至った人は存命か意識的な入滅を選べるわけですね。




83 :名無しさん@3周年:04/05/25 18:50 ID:SYL01zRA
山田無文老師の言葉
ttp://www.zazen.or.jp/mumontop.htm

おもしろい人ですね。

84 :名無しさん@3周年:04/05/25 18:52 ID:GjNU/JEt
ひどいオナニースレだな。


85 :名無しさん@3周年:04/05/25 23:38 ID:g52uW+rS
>この段階に至った人は存命か意識的な入滅を選べるわけですね。

有名な禅僧の「死にとうない」と比較した場合、明らかにステージ的に雲泥の差があるということか。



86 :名無しさん@3周年:04/05/25 23:56 ID:GMwyzn7L
ステージってオウムの連中がよく使うな。悟りにも偏差値導入ですか。
ご立派なことで。

87 :名無しさん@3周年:04/05/26 00:02 ID:MNSCYkdB
>>81
>釈迦が梵天に勧請されるまでは沈黙しようとしたのは、迷いではなければ、
>何なんだろうか?偉大なる御配慮とでも申すべきか…

この御仁が何を言いたいのか、国語的にみますと、
まず、梵天が心から釈迦に願って説法を請うまでは、釈迦は沈黙していたということです。
釈迦の沈黙は迷いであるのか? 実は迷いではないのです。
迷いとは「無明」のことです。悟っておられる釈迦は無明状態ではありませんでした。

では、なぜ黙っておられたのか?
釈迦の説法を心から聞きたいと願う者が現れることと
釈迦の説法を受け止めることができる者が現れることを待っておられた沈黙の期間と考えることができるようです。

ですから、この御仁は、最後に、(釈迦の)偉大なる配慮とでも申すべきか… という言葉をつけくわえておられるのではないでしょうか。
心理的な考察は控えておきます。


88 :名無しさん@3周年:04/05/26 00:10 ID:MNSCYkdB
>>86
本当、ステージって禅にはないね。


89 :名無しさん@3周年:04/05/26 00:29 ID:d0p26L9K
>>83

このおじいさん悟りを開いてるんですか?

90 :名無しさん@3周年:04/05/26 01:28 ID:+/cKeMxq
>>83
山田無文さんの話しっておもしろいでしょう。

彼の話しって坐禅や見性の参考になることがありそうですよ。
この人の話を聞くと、坐禅をしたくなったそうですよ。

また、禅文化研究所の初代所長になられました。禅をしている者どうしで、反目しあうのも愚かなことです。
「禅文化」についても語ってはどうでしょうかね。
念のために言っておきますが、禅文化研究所の関係者ではありませんよ。


91 :名無しさん@3周年:04/05/26 06:11 ID:HxPWqxhp
 当たり前のことを当たり前に喋って尚且つ人の心を打つものがある。
当たり前のことを当たり前に喋って、2回目、3回目となるとさらに
味が出てくる。基礎とはこういうもので、木偶仏を支える土台など
ではなく常に真新しいピカピカ、ツルツルのステージ。下手はそういう
基礎には立てない。面白くしてやれと思うから、その当たり前のことが
ほったらかしになる。まれにそういうツルツルの人物にであうと勉強になる。
あまり近づきになると小言をもらうから、出会うだけでいい。


92 :名無しさん@3周年:04/05/26 06:14 ID:PUT+uQmz
例えば洋食のマナーとしての、フォークとナイフの使い方の違い。正⇔外
があっても、生きることにマニュアルはない。


93 :雲水とうきち:04/05/26 06:31 ID:wgUPAcfN
禅を信じているということは少なからず
人間が物質的存在以上の存在であることを信じているのであります。
禅に固執する人はどうも、哲学的といいますか道徳的といいますか
ある種の観念に執着しているようにみうけられます。
しかしはたして禅とは知的に理解できうるものなのでしょうか?

禅の行法は「覚」と「空」の融合であり
クンリニーヨーガの行法は「覚」と「ハート」の融合なのです。
どちらも片手落ちなのであります。

大切なのはプロセスとテクニックなのです。

94 :雲水とうきち:04/05/26 06:55 ID:wgUPAcfN
禅原理主義者はエゴを目のかたきにしますが
悟りたいという願望はエゴそのものではないですか?
名誉を得たい、金持ちになりたい、・・・
覚者になりたいだなんてそれらを遥かに凌ぐ野心ではありませんか!?
そこで矛盾に突き当たるわけです。

ヨーガのプロセスはまったく逆です。エゴを追求した結果、それでは究極に至れないことを知るのです。

95 :名無しさん@3周年:04/05/26 08:26 ID:V1vFwY3R
お前ら禅とかいってるけど、実際やってないだろ。
本物にはわかる。まぁ話題切らせないのも一苦労だろうがな。
ご苦労さん。自作自演

96 :名無しさん@3周年:04/05/26 08:48 ID:HxPWqxhp
>があっても、生きることにマニュアルはない

だから、作ってみるのです。

>本物にはわかる。まぁ話題切らせないのも一苦労だろうがな。

本物の一つが本物で、偽者の一つがにせもので、
偽者の一つは本物を語る偽者で、本物の一つは本物と気付かない本物


97 :名無しさん@3周年:04/05/26 09:05 ID:HxPWqxhp
>ヨーガのプロセスはまったく逆です。エゴを追求した結果、
>それでは究極に至れないことを知るのです。
意味不明。意味不明ということは、意味があると思うから
意味不明なのであって、そう思わなければ、自明である。


98 :名無しさん@3周年:04/05/26 09:06 ID:ljOozUHs
>>94
ところで、あなたは何をしているのですか。

>>95
IDになったから、自作自演は難しいでしょう。
坐ることぐらいしているでしょう。


99 :名無しさん@3周年:04/05/26 09:16 ID:HxPWqxhp
>禅の行法は「覚」と「空」の融合であり
>クンリニーヨーガの行法は「覚」と「ハート」の融合なのです。

同じスピードなのに重いボールと軽いボールがある。
同じ言葉を言っても軽く聴こえる人がいる。


100 :名無しさん@3周年:04/05/26 09:33 ID:HxPWqxhp
>坐ることぐらいしているでしょう。
 走る習慣を付けるのは簡単でしたが、座る習慣がつきません。
結跏趺坐も、ろうそくも、ノウボウアキャシャも、らべりんぐも
ちょっとだけやってみましたが、何かの拍子につい忘れてしまいます。
このような人間の本質的習性を捉えて、習慣化するコツについて、誰か説明
してみてください。


101 :名無しさん@3周年:04/05/26 09:48 ID:HxPWqxhp
>大切なのはプロセスとテクニックなのです。
たいていの人にとって大切なものは、今大切と思うものを、
さらにもう1歩、2歩進めて大切なものを発見したときであって、
そうで無い場合は、それは一時的なものであって
何かの拍子につい忘れてしまう。


102 :名無しさん@3周年:04/05/26 09:58 ID:ahYrDAS6
>>100
人間として生まれてからあまり歳月が経っていないと、自分についてわからないことが多くあります。

あなたは、まじめで努力家のようですね。難を言えば気が多いともいえますが、希望がいっぱいあるともいえます。

自分の理想像をつくって、その人間になろうとすると、多くの無理が生まれてくるようです。
当たり前のことすが、人間の一日は24時間、気力と体力と注意力にも限界があります。
自分にとって大切なことだけ絞り込んで、無理なく続けることができる計画表のようなものをつくってもよいかもしれませんね。
そのうち、自分を知るようになってくるのではないでしょうか。


103 :100:04/05/26 10:58 ID:HxPWqxhp
 あなたの言われる「計画すること」と「自分を知ること」は私の大きなテーマです。
 計画表はなんども作りました。
仮に1時間の計画を作っても、大抵うまくゆきません。
人生を計画する者は人生に成功します。しかし、私は多くを望みません。
このほんの1時間の計画を成功させたいだけです。このノートを成功させたい。
この整理を成功させたい。この食事を成功させたい。この歩きを成功させたい。
この考えを成功させたい。
 ところが、これらのことごとくを
失敗します。成功はわずかです。人生を振り返るとおそらく失敗の連続でしょう。
 私は私の行動にもっと意識的でなければなりません。失敗とはここに存在しないことを
意味します。ここに存在感をもって存在することによって私は成功します。
座る習慣とはそのことを意味しているのです。



104 :名無しさん@3周年:04/05/26 11:59 ID:HCE5jsy4
>>103
一般に、
100人のうちで97〜98人ぐらいの人は、自分の目的を達成するのに失敗するといわれています。
うまくいく人は2〜3人といわれています。

目的を成功させたい、成功させたいと願うほど失敗するといわれています。それは、心には作用・反作用の法則が働いているからではないでしょうか。

心の作用として成功させたいと願うと、心の反作用として成功できないのではないかという感情が生まれ、この感情が考えよりも優先してしまいます。
だから失敗してしまうわけです。つまり、反作用の為すべきことばかりを考え、実践して、作用である目的を自然に訪れるようにさせればよいわけです。

見性や悟りにおいても、
心の作用として見性や悟りを求めれば求めるほど、見性や悟りは逃げていくようです。
その反対に、見性や悟りを求めず、日々の為すべきことを為していれば、悟りや見性は自然に訪れるようになるのではないでしょうか。


105 :名無しさん@3周年:04/05/26 12:01 ID:h/FPnXv8
50回以上、諦めずにやれば済むことだろ

106 :露堂:04/05/26 12:19 ID:OYVf3IRU
我々凡夫は、なかなか成り切るということが出来ません。
歩くにしても、食事にしても、いつも何か思案したり妄想を膨らませたりして心は別の所にあって、なかなかそのものに成り切れないのが我々凡夫です。
なにか見ていても、底には観念が働いていて、自分勝手に作り上げているのです。カラスの鳴いている姿をみては、ああカァカァとないているなぁと思います。
しかし真実は”カァカァ”とは鳴いていないのです。こういうことですから本来あるべき本質を正しく見ることができないでいるのです。すなわち無明です。
これは生まれてから経験を重ねてこういう癖を付けたからなのですから、自らこの悪い癖を取り除く他ありません。
本来あるべき姿を正しく見ることができるよう、失敗しないようにする為には、今、その瞬間、瞬間を余念を交えずにしっかりと真実を把握するしか方法がありません。
即今、即所に参ずるというのはこのことです。
禅はこの心の癖を取り除く修行でもあります。
こういう生来の悪癖を粉砕撃破する努力を積み重ねて、我々凡夫は悟りへと近づくのです。


107 :雲水とうきち:04/05/26 14:55 ID:wgUPAcfN
禅定ってハートに留まることじゃん!

108 :100:04/05/26 15:08 ID:HxPWqxhp
>心の作用として見性や悟りを求めれば求めるほど、見性や悟りは逃げていくようです。
>その反対に、見性や悟りを求めず、日々の為すべきことを為していれば、悟りや見性は
>自然に訪れるようになるのではないでしょうか。
このことは仕事において最も顕著に現れます。あなたがもし私の上司なら、
「急げ」とは決して言わないでください。急げというと遅くなります。
三日でできる仕事が一ヶ月も掛かります。私のように元々まじめな人間に関しては
遊ばせておいてください。
それが最も効果的に仕事がはかどるコツです。


109 :100:04/05/26 15:10 ID:HxPWqxhp
>50回以上、諦めずにやれば済むことだろ
 乱雑なメモをノートに書き写して整理したうえで、さらにもう一度整理して書き直す。
そして最後に丁寧に清書する。こうするとノートは単なるノートではなく鑑賞に堪えうる
芸術的ノートが出来上がります。
 ノートの機能という面から見ると非生産的で無駄な作業のようですが、
それがある種の芸術になるとき、無常の喜びを味わうわけです。

>即今、即所に参ずるというのはこのことです。
 もし一発で書いて、武蔵の水墨画のように美しいノートが出来上がるとすれば、
即今、即所が完成しているといえます。
即今即所にいたるまでには50回のあるいは1000回の練習があるのかもしれません。

 思うに多くの著名人のノートを見るにつけ、必ずしも丁寧ではないにもかかわらず、
どこか趣きがあり、引かれるものがあります。しかしこの引かれるものは、
練習からくるといっていいものか自信がありません。


110 :露堂:04/05/26 15:42 ID:OYVf3IRU
>>109
>思うに多くの著名人のノートを見るにつけ、必ずしも丁寧ではないにもかかわらず、
>どこか趣きがあり、引かれるものがあります。しかしこの引かれるものは、
>練習からくるといっていいものか自信がありません。

貴方にはこういう体験がありませんか。
なにかある事を、旨くやってやろうとか失敗したらどうしようとかの、一切の邪念や捉われから離れて無我無心にしているとき、
やるものと自分との隔たりがなくなってしまった様な感覚です。
そのときには自分でも信じられないくらいの結果が生じるものです。
ものによっては相当の練習も積まなければならないでしょう。しかし、一切の捉われからはなれて無心でやること。
すべて芸事のコツはここにあるのじゃないでしょうか。


111 :100:04/05/26 16:50 ID:HxPWqxhp
>やるものと自分との隔たりがなくなってしまった様な感覚です。
>そのときには自分でも信じられないくらいの結果が生じるものです。

 たとえば毎日5時間ピアノを練習します。5年間続けて、一通り弾ける
技術が身についたとします。ところが、何かが足りない。
講演会の日がやってきて舞台に立ったとたんに、その足りなかったものに開眼した。
 座禅をしても、ピアノの技術は上達しません。
しかし何かしら足りない最後の一歩を助けることはできるかもしれません。

 恐ろしいことに「見性」とはこの最後の一歩だけがあって、それまでの5年の努力
の欠けたメチャメチャの状態では無いだろうか?という疑問がわいてきました。


112 :露堂:04/05/26 16:56 ID:OYVf3IRU
>恐ろしいことに「見性」とはこの最後の一歩だけがあって、それまでの5年の努力
>の欠けたメチャメチャの状態では無いだろうか?という疑問がわいてきました。

練習しなかったら見性してもピアノは弾けないのじゃありませんか?

113 :名無しさん@3周年:04/05/26 17:00 ID:h/FPnXv8
ごもっとも。諦めずに続ける。貫通しても夢のように忘れる。

114 :100:04/05/26 17:42 ID:HxPWqxhp
>ごもっとも。諦めずに続ける。貫通しても夢のように忘れる。

 私の人生はピアノです。(バレエでもかまいません)
毎日5時間練習して、5分座禅をします。5年間練習してピアノに
開眼(見性)しました。では見性は座禅の属性でしょうか、それとも
ピアノの属性でしょうか?
 最後の一歩で悩んでいるときに、老師がでてきて、ポンと頭をたたいて開眼
したとします。これは老師の手柄でしょうか?
 私の頭の中では見性のイメージだけが一人歩きをしていますが、見性は
ピアノ無しには存在できないのではないでしょうか。


115 :100:04/05/26 22:41 ID:HxPWqxhp
見性は座禅の中にあると思っていたら実は日々の労働の中にある。
道理で座禅の中をいくら探して出てこないはずだ。
 
 座禅について老師は
「坐禅して、静かに心を澄ますことによって、
本来無一物、何もないところに真実の自己を発見する」
「そこで、静かに考え、心を澄ますには、どうしたら一番よいかというと、
坐って何も考えんことが一番よいのである。」

 我々はいつ真実の自己を失っただろう。徐々に徐々にいまも失い続けている
のだろうか?


116 :名無しさん@3周年:04/05/26 23:52 ID:3HuMYfQu
対象の問題ではなく、自己の問題ではないでしょうか。




117 :名無しさん@3周年:04/05/27 00:24 ID:8DRr3kvC
執着を薄めるようにされたらどうでしょうか。

118 :名無しさん@3周年:04/05/27 00:45 ID:UZgWzPca
妄想を除かず真を求めず

119 :魔法のマント:04/05/27 04:41 ID:JS4Wss9t
練習量がすべてではない。なるほどねえ。

120 :魔法のマント:04/05/27 04:56 ID:71d5lKhz
誰かの後なんてたどらないで〜♪え〜え〜え〜

121 :名無しさん@3周年:04/05/27 09:30 ID:vZjbTUVS
坐る時間が一日5分では、あまりにも少ないのではないでしょうか。


122 :100:04/05/27 10:51 ID:kgJ146kM
>坐る時間が一日5分では、あまりにも少ないのではないでしょうか。

 それ以上では多すぎます。ビールは最初の一杯が美味しいのであって、
残りの10本は惰性です。小便になるだけ。
惰性で座ってはいけません。まず5分から。
5分は短いでしょうか? 短く無いのです。
 息をとめて、時計の針を見ながら5分がながいか短いか測ってみてください。


123 :100:04/05/27 10:56 ID:kgJ146kM
>対象の問題ではなく、自己の問題ではないでしょうか。

あなたが生活すると生活の埃が溜まります。頭の中は埃だらけです。
座禅も生活するのです。ですから埃が溜まります。
 まして気の遠くなるほど歴史は長いのです。
あなたに10cmの埃がたまっているとすると、座禅には1mの埃が
溜まっているかもしれません。
埃だらけの座禅で、あなたに積もった埃を払えるものでしょうか?


124 :100:04/05/27 11:02 ID:kgJ146kM
>誰かの後なんてたどらないで〜♪え〜え〜え〜
思考とは、
マント、頓馬、真っ赤、河童、パンツ、、、
 連想だろうか?
 なぜ次にくるのは頓馬なのだろう? 誰かの後は?トトトト、


125 :名無しさん@3周年:04/05/27 11:11 ID:vvq30maP
人に頼らず、自分で解決したら。それで解決です。


126 :100:04/05/27 16:22 ID:kgJ146kM
>練習しなかったら見性してもピアノは弾けないのじゃありませんか?

 多分多くの人が厳密にはこの事実に気がついていないのではないでしょうか?
座禅は万能であるとの思い違い。しかしそれも厳密ではありません。

 神の啓示を受けたものは、驚くべき挙動に出るわけですが、それは実現されます。
ところが本当にあなたがやろうとしたことは、啓示の形を取らなくても、
じつは全て神の啓示であって、それは実現する(される)のです。
あなたはそのとき真実の自己に目覚めています。行為は本来不純を含まないので、
それは正しく完結するわけです。「真実の自己」と「行為」とは一体であり、それは
まさに啓示のようなものです。
 ですから、そのときピアノは弾けるのです。


127 :南予出身:04/05/28 09:55 ID:cAtrpTB/
坐禅5分は短すぎだと思うよ。大体最初の10分ぐらいはウォーミングアップで
20分たったころから調子が出てくるからね。妄想や連想を打ち消し打ち消しして
疲れたころに心が統一できるもの。5分じゃ、多分、何の効果もないと思う。

128 :名無しさん@3周年:04/05/28 09:57 ID:bWasznhu
何も知らずに、せっせとカキコむ安月給で雇われている
プロ固定たちには、内緒の話ですが・・・
タ ラ コ く ち び る な オ イ ラ で す が
2 ち ゃ ん ね る で 稼 ぎ ま く っ て い ま す。
年 収 は 7 億 円 を 突 破 し ま し た で す!
収 入 が 多 く て も 長 者 番 付 け に 載 ら な い の は
申 告 を 遅 ら せ て る だ け で つ。
だ か ら、 裁 判 で 負 け て も
痛 く も か ゆ く も あ り ま せ ん で つ よ。
裁 判 沙 汰 に な れ ば な る ほ ど
2 ち ゃ ん ね る が 有 名 に な っ て
広 告 料 の 収 入 ア ッ プ で 儲 か り ま つ。


129 :名無しさん@3周年:04/05/28 10:03 ID:bWasznhu
ちなみにプロ固定はIDを自在に変えれるw
プロ固定ではなくとも、プロバイダーに複数加入してれば
簡単に自作自演ができる。

そして、それを知りつつとぼける馬鹿が上のほうにいるw
ほとんど9割以上が一人で書いているのがバレているw

130 :名無しさん@3周年:04/05/28 10:16 ID:U8COAd/w
>疲れたころに心が統一できるもの。5分じゃ、多分、何の効果もないと思う。

5分で効果の出ない禅は永久に効果が出ません。
仮に、2週間ベットに横たわるとします。そうすると、一人では歩けなくなります。
運動しないと足が萎えるのです。
 同様に只座って考えないというようなことを練習すると、考えられなくなります。
これは無心でも心の統一でもなく、無脳です。
 ですから坐禅とは一旦停車です。動くのが基本です。
一旦停車は5分までと決まっています。


131 :名無しさん@3周年:04/05/28 10:38 ID:cIwFxojN
>>130
5分でよいと思うならそうしといたら。その結果はあなたが受けることです。
それで解決です。


132 :露堂:04/05/28 11:22 ID:LL2hmjJT
『仮に・・・・』
『・・・したりすると』
『例えば・・・・』

禅はもっとも直裁ですから、このような言葉が入り込む隙は全くありません。
理屈や知識が入れば、その瞬間に禅ではなくなってしまいます。
それが不立文字です。
指一本立てられ、これ何ぞ、と問われて、それは一瞬の間の透過です、なんて言ってるのは失格なのです。

133 :名無しさん@3周年:04/05/28 11:51 ID:U8COAd/w
>禅はもっとも直裁ですから、このような言葉が入り込む隙は全くありません。
>理屈や知識が入れば、その瞬間に禅ではなくなってしまいます。
>それが不立文字です。

 こちらに隙があるわけですから、その隙を突けないないのであれば、
禅とはいえません。

 不立文字とは、言葉に対して機能するために言葉の入り込む隙がないのです。
正しく見せかけた言葉について、その真偽をただす力がなければ、
単なる沈黙です。


134 :露堂:04/05/28 12:10 ID:LL2hmjJT
>133
>こちらに隙があるわけですから、その隙を突けないないのであれば、
禅とはいえません。

どうぞ、ご自由に解釈なさってください。

> 不立文字とは、言葉に対して機能するために言葉の入り込む隙がないのです。
正しく見せかけた言葉について、その真偽をただす力がなければ、
単なる沈黙です。

131さんがお答えになっています。



135 :名無しさん@3周年:04/05/28 12:20 ID:U8COAd/w
>134
切れましたか?
 そこからが本当の座禅です。


 
 

136 :露堂:04/05/28 12:31 ID:LL2hmjJT
>>135
ご指導ありがたく承ります。ハイ


137 :名無しさん@3周年:04/05/28 12:38 ID:U8COAd/w
>5分でよいと思うならそうしといたら。その結果はあなたが受けることです。
>それで解決です。
そのような解決は「切れる」ということと同じです。あなたがタコであり
先輩を演じるオオダコだったら、このように簡単に切れてはいけません。
下にいるものがおお迷惑です。


138 :露堂:04/05/28 13:53 ID:LL2hmjJT
「惺々著、喏
 他時異日、
 人の瞞を受くること莫れ、
 喏、喏



139 :名無しさん@3周年:04/05/28 15:37 ID:HEp7uHDS
坐禅なんて気分を鎮めるために坐るだけだよ。それ以上の意味は無い。
今流に言えば鎮静剤を飲むのと変わらない。
禅は物事に動じないで、かつ機敏な人物をつくるところだろ。
この二つのいずれかが欠けても認められない。

若いうちは虚栄心もあるし、人生経験も浅いから惑わないと言うのは無理だろう。
50にして惑わず〜は今では70〜80位か?
今の40〜50で惑わなければ、物事に動じないという一つの条件を満たした事になる。
もう一つの機敏というのは修行しかないかな。

140 :名無しさん@3周年:04/05/28 19:01 ID:gY/JQms2
鋭い機鋒に対しては鋭く

そうでない絡みには、それなりに(^o^)

141 :名無しさん@3周年:04/05/28 20:03 ID:a39k/NJw
机うざ

142 :名無しさん@3周年:04/05/28 20:24 ID:U8COAd/w
>禅は物事に動じないで、かつ機敏な人物をつくるところだろ。
>この二つのいずれかが欠けても認められない。
座るだけでなぜ、物事に動じないようになると考えるのでしょう?
なぜ機敏になるのでしょう。


143 :名無しさん@3周年:04/05/28 20:43 ID:HEp7uHDS
>>142
いや、だから俺は坐ることが禅でいう悟りの人を作るわけではないと言いたかったのだが。
139の頭の2行を読み飛ばしてるだろ?

144 :名無しさん@3周年:04/05/28 20:45 ID:a39k/NJw
机うざ

145 :名無しさん@3周年:04/05/28 20:50 ID:gY/JQms2
そうでない絡みには、それなりに


146 :名無しさん@3周年:04/05/28 21:00 ID:gY/JQms2
>いや、だから俺は坐ることが禅でいう悟りの人を作るわけではないと言いたかったのだが。

かといって、坐らないことが悟りの人を作るわけでは尚更ないということを
仰りたいのでしょう。

147 :名無しさん@3周年:04/05/28 21:18 ID:elRe8SXz
>>5
本にそう書いてあったの?


148 :名無しさん@3周年:04/05/28 22:44 ID:U8COAd/w
 機敏になるというのは、こういうことです。
集中して一つの仕事をするようなことでは、普通の人も禅者も変わりません。
ところが、異質の2つの仕事をやるような場合は変わってきます。
 高度な技術職をやりながら、便所の掃除もするようなことは心理的には苦痛です。
仕事には優先順位がありますが、それが貴賎や優劣の感情と入り組んでいます。
掃除だとか、単純作業となると、たちまち障害となります。
そこまで極端でなくても、コピーだとか資料整理、御茶汲みだとかは半端仕事と
みなされます。そういうことにこだわりの無い人は、立ち止まって、計算高く納得
したり我慢するようなこと無しに、即座にその仕事に取り掛かれます。
ですから機敏に動けるわけです。
 文章を書くような作業においても、立場だとか、馬鹿にされるんじゃないだろうか
というような、こだわりや不安があると、思ったことがそのまま書けません。
ですから、難しい言葉を引っ張りだしてきて、煙に巻くようなことをします。
禅者は思ったことをそのまま口に出せます。
 高僧でありながらいざ死ぬときにに「死にとうない」と言うようなこともいうのです。
それは、自分の言葉に対する自信なのです。曇りがなく嘘をついていないという
自信です。


149 :野孤禅:04/05/29 00:12 ID:tpnEE9I8
≫96 ≫115 が、いいこと言った。招福楼の料理は、おいしいです。

150 :名無しさん@3周年:04/05/29 00:28 ID:k8s1Ti3m
毎日、自宅で約20分ぐらい坐る主婦たちがいますよ。
一年ぐらいすると、様々な雑念がほとんど流れなくなっているようです。
心も身体も軽くなって、親子間の断絶が解消したり、夫婦関係も円満になり、家庭がうまくいっているようです。
ボランティアをする人たちもいますよ。


151 :名無しさん@3周年:04/05/29 08:44 ID:+wX90064
>150
 座禅は暇をもてあました主婦が、ダンスのお稽古をするようなものでしょうか?


152 :名無しさん@3周年:04/05/29 09:56 ID:tY9yqseP
>>151
坐禅とは言っていませんよ。半眼で坐ることの大切さを言っているのです。
男女平等の世の中、主婦や女性たちが暇であるかのような発言、とても失礼な言葉ですね。

禅は「状態」を突き詰める男性用の宗教であるように思われます。それも「無の状態」を突き詰めていくようです。
その無の状態のときに、その無の状態には「無の性質」が伴っているようです。禅では、その無の性質を語らず、無の状態だけを語るようです。

しかし、十牛図の「得牛」を含めた「牛」とは、「無の性質」と受け取ることもできるのではないでしょうか。
そして、男性でも、女性でも、日々の動きの中で「自分を捨て切る」ようにしていくわけです。それに似た言葉に「なり切る」があるようです。
自分を捨て切っていくと、それは他への献身の姿となっていくのではないでしょうか。他への献身の姿とは、菩薩の姿ともいえないでしょうか。


153 :無無無:04/05/29 10:12 ID:AP1+sWeE
無は自我の終焉。全一。全てを失って全てを得る。相の違いなり。表裏一体。

154 :露堂:04/05/29 11:22 ID:2CjI0Den
>>148
なかなかご立派な理論をお持ちな方と拝察いたします。
仰ることは全てではありませぬが、なかなかよいところを突いているのではないでしょうか。

>集中して一つの仕事をするようなことでは、普通の人も禅者も変わりません。
 たぶん普通の人というのは貴方の謙遜でしょう。貴方は坐禅は5分で充分と仰る位ですので、歴々の祖師をも超えた、生来素晴らしい禅定力が備わった方なのでしょう。
 しかし私のような凡夫は、ニ十数年来坐禅しても尚且つ足りないと自覚するくらいですし、坐禅をしてからはかなり違うものだと体験致しました。
 まだまだ迷いから抜け出せないでいる凡夫ですが(その証拠につまらぬレスを書いている)なによりも妄念妄想が少なくなって、そのために少しは即今即所に集中できるようになったことです。
 是非、貴方の5分間で十分な坐禅とやらを、我々凡夫にご教示頂きたく存じます。

>ですから、難しい言葉を引っ張りだしてきて、煙に巻くようなことをします。 
 なるほど、そのようなこともあるのかも知れませんね。
 しかし、一般に馴染みのない仏教語や禅語を使うのは、言葉はその世界において共通の概念を持つのに都合が良く、手っ取り早い方法だからなのではないでしょうか。
 すべてがすべて、あえて煙に巻くような意図ではないでしょう。

>それは、自分の言葉に対する自信なのです。
 自信などという我に囚われた意識は我々凡人の持ちものでしょう。
 修行を積んだ高僧は、言葉に対する自信などという我に囚われたものは持たないのではないのでしょうか。
 無我の境地には自我意識がないからです。
 もし持てばそれこそ禅臭が漂う厭味な僧侶になるのではないでしょうか。
 私はその高僧でもないので推し量るしかありませぬが、「ワシの言葉には嘘も曇りもないぞ」という自信意識はなく、ただ自然法爾に出てきた囚われのない言葉なのだと推察しますが。

2chはそもそも二元対立の世界にどっぷり浸かったもので、禅とは甚だしく距離のある世界です。
ですから、本来はどうでもよいことだと思うことなのですが、以上は拝察しての私の感想です。


155 :名無しさん@3周年:04/05/29 13:50 ID:xDwItuSw
座禅は妄想である

156 :名無しさん@3周年:04/05/29 14:16 ID:KHsSAnYu
>>148
>高僧でありながらいざ死ぬときにに「死にとうない」と言うようなこともいうのです。
>それは、自分の言葉に対する自信なのです。曇りがなく嘘をついていないという
>自信です

生まれることも死ぬことも時節因縁の機が熟すということであり、抗う術は有りません。
本当の目覚めた意識を持った高僧であるなら、ましてや禅僧であるなら、もうすこし言葉
にも工夫があってしかるべしと思います。禅とは工夫(小手先ではなく)でもあるわけで
し、「死にとうない」では、自力はおろか他力にもなりきれない、宙ぶらりんの迷う浮遊
霊のようで残念ですね。
日常的生活空間の中で、撃竹大悟したとか桃花悟道したといって無情の説法を聴きとれる
のが禅者だそうですが、いざ現身を捨てようとする徹底的瞬間においても、その目覚めた意
識を継続できているのなら、もっと他の言い様もあったと思われます。なんとも奇異な感
じがします。生死に断裂がないのを大悟というのではないでしょうか。


157 :露堂:04/05/29 14:34 ID:2CjI0Den
>>147
亀レスでスマソ。

禅の世界では一般的に良く知られた話です。
何かの本で読んだのを記憶していますが、どの本かは忘れました。
何かの参考と思って出しましたので、取り上げた深い意味はありません。


158 :名無しさん@3周年:04/05/29 14:42 ID:+wX90064
> たぶん普通の人というのは貴方の謙遜でしょう。
>貴方は坐禅は5分で充分と仰る位ですので、歴々の祖師をも超えた、
>生来素晴らしい禅定力が備わった方なのでしょう。
> しかし私のような凡夫は、ニ十数年来坐禅しても尚且つ足りないと自覚するくらいですし、
>坐禅をしてからはかなり違うものだと体験致しました。
> まだまだ迷いから抜け出せないでいる凡夫ですが(その証拠につまらぬレスを書いている)
>なによりも妄念妄想が少なくなって、そのために少しは即今即所に集中できるように
>なったことです。
> 是非、貴方の5分間で十分な坐禅とやらを、我々凡夫にご教示頂きたく存じます。

前置きが長い。5分で足りないと思うなら、自分の意見を言えば良い。
弁解じみた前置きが、機敏さを損ねている。
そこを直しなさい。

> すべてがすべて、あえて煙に巻くような意図ではないでしょう。
 なるべく平易に。

>私はその高僧でもないので推し量るしかありませぬが、「ワシの言葉には嘘も曇りもないぞ」という
>自信意識はなく、ただ自然法爾に出てきた囚われのない言葉なのだと推察しますが。

 人に対しても、言葉に対しても、善意の解釈があれば悪意の解釈もある。

>2chはそもそも二元対立の世界にどっぷり浸かったもので、禅とは甚だしく距離のある世界です。
>ですから、本来はどうでもよいことだと思うことなのですが、以上は拝察しての私の感想です。
 
 2CHだからどうでもよいという気持ちがあってはいけない。2chだからこそ、
あるいは2chであっても、いつでもどこでも。


159 :名無しさん@3周年:04/05/29 14:52 ID:+wX90064
>男女平等の世の中、主婦や女性たちが暇であるかのような発言、とても失礼な言葉ですね。

あなたの観察の範囲では「
 暇をもてあました主婦よりもむしろ、忙しく働いている主婦が座禅をする」
という内容なのではないでしょうか?
 あなたの言葉を単純に解釈すればそのようなことと思います。
そこには失礼も何もないはずです。

「自分を捨て切っていく」ことが大切だと思うのはなぜでしょう。自分をすてる
などということは、文字通りに解さないにしろ、かなり物騒なことばですよ。
あなた自身の体験からくる言葉ですか?


160 :露堂:04/05/29 14:57 ID:2CjI0Den
>>158

怒りましたね?
5分間禅の効果は怒りをあらわにする事ですか。
何もかも回答になっておりませんなぁ。


161 :名無しさん@3周年:04/05/29 22:12 ID:+wX90064
実際には大人であり、かなりの地位があるにもかかわらず、
非常に幼稚な側面がある。そういう人は割に沢山います。
 その幼稚さを旨く隠している人、あるいは個性として
積極的に表現している人もいます。まったく新しい体験を
するとき、たとえば、最初に女に出会うとき、最初に
宗教に出会うときなどはたいていその幼稚な側面がでます。
 知識としての宗教は知っていても、実際に生生しい活動に
巻き込まれると、それはまったく新しい別の体験です。
 オームの事件では、かなりのレベルの人がそういう
初体験をして、幼稚さをさらけだしました。
さて、あなたはどうでしょうか?


162 :ふりー:04/05/29 22:22 ID:UspILsSL
5分でわかるほど、坐は浅くないですぞ。
心は身体の動きに合わせて動きます。
身体が動けば心も動き、
身体が静まれば心も静まる。
身体を休めた。そうすると心も静まり始める。
しかし5分ではまだ心は静まりますまい。
では心を静めて何があるのか?

沈黙することによりそれをを嫌う我が浮かび上がってくる。
我は沈黙が耐えられない。沈黙に慣れることです。
何かがその沈黙を嫌い破ろうとする。
すぐに流れてくる思いに囚われて沈黙を破る。
5分ではこの葛藤を味わうまもなく終わってしまう。

この沈黙を破る原因が、この原因こそが知られなければ
何も解決されないのです。

163 :野孤禅:04/05/29 22:33 ID:tpnEE9I8
どうちゅうの工夫は じょうちゅうの工夫に勝る

164 :ふりー:04/05/29 22:37 ID:VAUpi9YM
しかしながら、長く座っても、妄念に囚われているだけでは、
時間の無駄に見えるかもしれない。
しかしながら、沈黙を求め、沈黙の友になることができれば、坐には意味があるのです。
なぜなら我は沈黙を嫌うからです。
沈黙を友とする前に我は様々な抵抗を試みます。
その抵抗はなぜ起きるのでしょう。
その抵抗に沈黙できない原因が隠されているからです。
それこそが無明と呼ばれるものです。

165 :ふりー:04/05/29 22:40 ID:VAUpi9YM
それは誰かの言葉や誰かの教えでは決して知ることはできません。
己自身で確かめ目にして体験しその事実を確認しなければならないのです。
そうしないと原因を知り問題の解決にはならないのです。

166 :名無しさん@3周年:04/05/29 23:02 ID:EGFnn/9v
>>148など
>>158
>>159
>>161
あなたはこのスレにアクセス禁止の方のようですね。間違いましたら失礼します。
そうでなければ、誤解のないようにスレを進めていただけますか。


167 :名無しさん@3周年:04/05/29 23:44 ID:F64KLHYU
文体も違うし別人でしょう
彼の御仁なら、内容はともかく、自己正当化のためにもっとネチッコイ論理?
を捏ね繰りまわして、レスを絶やさずスレが賑やかになるでしょう。そういう
才能を彼の御仁は充分に具えていますから。
そんなことよりも、如何様なレスにもそれこそ工夫を凝らして臨むのが良いと
思います。あまり囚われるのは駄目ですね。



168 :名無しさん@3周年:04/05/30 00:13 ID:4zYVveW+
>>167
皆さんに注意を促しました。失礼ですが、あなたは彼の友達ですか?

そうでないなら、彼は文体を作り変えるぐらいできますよ。
あなたは、なぜ、このスレが立ったか その意味も分かっておられるでしょう。
囚われるのはいけませんが、愚かさは身を滅ぼすとも言われていますよ。


169 :名無しさん@3周年:04/05/30 00:50 ID:MRoBP/UL
>>168
いいえ、それどころか、彼の御仁に対しては多いに憤慨している者であります。
しかし最近では、その憤慨を分析するように心がけています。
それよりも、本質問題から外れた揚げ足取りのようなカキコには絡まなければ
いいのです。
彼の御仁の話題はもう止しましょう
ついでながら、わたしは156レスをしたものです。ま、一方通行になってしまい
ましたが。

注意警報にはありがたく感じ入ります。



170 :名無しさん@3周年:04/05/30 01:01 ID:nLBh6uno
>>169
どうも失礼いたしました。アドバイスありがとうございます。

>156のレスは、すでに納得して読ませていただいておりました。
皆さん、なるほどと思っていたから一方通行になったのではありませんか。


171 :名無しさん@3周年:04/05/30 06:08 ID:7FQP5QY/
>そんなことよりも、如何様なレスにもそれこそ工夫を凝らして臨むのが良いと
>思います。あまり囚われるのは駄目ですね。

 ぜひとも、それを望みたいものです。
蛸が墨を吐くように、困ったら墨で書いたような文章をだしてくる。
それはあまりにも幼稚(無明?)というものです。


172 :名無しさん@3周年:04/05/30 06:09 ID:7FQP5QY/
>識を継続できているのなら、もっと他の言い様もあったと思われます。なんとも奇異な感
>じがします。生死に断裂がないのを大悟というのではないでしょうか。

宗教セクト的な反発か、それとも宗教的にかなり無知なのかなと思っていました。
 しかし、実際に奇異に思われるかたがいるのですね。禅をやる人の体勢ではない
ですよね。希少価値があるということでしょうか。


173 :名無しさん@3周年:04/05/30 06:30 ID:7FQP5QY/
>この沈黙を破る原因が、この原因こそが知られなければ
>何も解決されないのです。
原因を突き止めようとして、1000年もさかのぼろうとすれば、
たちまち見失うはずです。
 「いま起こっていることを、今見る」というのが仏陀の教えです。
原因は今そこにあります。

千年前の無明をいくら調べてもそこからは大した原因は出てきません。
あなたが5分間静かにする間に、見失ったものがいくつあるでしょう。
そんなに欲張ることはないのです。


174 :名無しさん@3周年:04/05/30 07:53 ID:7FQP5QY/
>皆さんに注意を促しました。失礼ですが、あなたは彼の友達ですか?

「  相談し、つるんで、排除する。」

それがあなたの心の中で起こっていることです。
おそらくあなたの座禅の中でも起こっているのです。もし何かが座禅中に芽生えると
 「これはおかしい、異常だ、奇異だ」そこで精神を総動員して、
排除し始めます。
 ですから、10年座っても、 20年座っても変化が無いのです。


175 :名無しさん@3周年:04/05/30 08:30 ID:7FQP5QY/
>しかしながら、沈黙を求め、沈黙の友になることができれば、坐には意味があるのです。
>なぜなら我は沈黙を嫌うからです。
 
 普通の人は声を出すことの方が重要です。
あまりにも静か過ぎます。町を歩くと無口が歩いています。
怖いくらい無口です。もっと声を出すべきです。
 声を出す人が沈黙するから意味があるのであって、無口が沈黙しても
無意味です。
 一日中ブラブラしている僧が座禅をしても全く無意味なのと同じことです。



176 :名無しさん@3周年:04/05/30 09:06 ID:7FQP5QY/
 声を出すということはボロを出すということでもあります。
いろいろ喋っている内にボロが出ます。そうするとボロが指摘されます。
そのボロを素直に見れる人は、ボロに気がつきます。
こうしてボロが取り除かれ、幼稚さ(無明)というものがなくなります。
沈黙を友とすると、ボロが霊のように取り付きます。


177 :南予出身:04/05/30 16:06 ID:uk8W4pB8
山田無文の「自己を見つめる」読んだけど、分かりやすくてためになったよ。

178 :ふりー:04/05/31 01:48 ID:STFYInyi
>あなたが5分間静かにする間に、見失ったものがいくつあるでしょう。
>そんなに欲張ることはないのです。
5分でよかどうか、あなたが決めること。
その先を見るかどうか、あなたが決めること。
これにて一件落着!

179 :名無しさん@3周年:04/05/31 06:36 ID:L/vxqvem
>これにて一件落着!

短気は損気。5分で落着するのはあまりに拙速。

「5分では短いといいつつ、5分も持たない。」
言うことと、やることが違う。そのことが重要です。
いやボロです。


180 :名無しさん@3周年:04/05/31 07:46 ID:L/vxqvem
>山田無文の「自己を見つめる」読んだけど、分かりやすくてためになったよ。

ためになると、さらっと流し、
ためにならないと、くどくど、ぶつぶつ。
だから、ためにならないことばかりが増幅される。


181 :露堂:04/05/31 08:28 ID:OUWb0dLJ
週明け、初カキコ
5月29日PM3:30以後、アクセスできなくなりました。
何かあったのでしょうか。


182 :名無しさん@3周年:04/05/31 09:05 ID:L/vxqvem
お帰り。


183 :南予出身:04/05/31 09:18 ID:+y/XDz5o
>>180 そんなこたあない。俺は、ためになる本は3回読んで暗記する。

184 :露堂:04/05/31 10:49 ID:OUWb0dLJ
>>161
>さて、あなたはどうでしょうか?

折角の問いですのでお答えしなくてはなりますまい。
私は自慢ではないですが理論は苦手です。かつては経論も勉学しました。しかしある時点からはそれを止めました。
仏教は理屈や知識だけではどうにも解決できないというところにぶち当たったからです。そして釈尊が自灯明、法灯明ということを仰ったことが何となくわかったからです。その時点で心の焚書をしたのです。
そして勉学よりも坐禅にますます重きを置くようになりました。
ですから私にとっては仏祖伝来の坐禅は人生そのものなのです。
貴方の仰っている5分間十分坐禅は私の理解をはるかに超えた異次元のものです。
貴方の考えに非常に近い方に机龍之介という人がおります。
この人は、己の辞書に禅定はない、それは全く理解できない、禅定というのは初心者、坐禅は無用とまでいう方です。
このように極端にまで仏祖伝来の坐禅を批判する方です。
貴方は不要とは言わずとも、5分間で十分、不思量は無脳とまで言われました。
世の中には非常によく似た方がいるものだと、唖然としたのですが、貴方は机龍之介を師とあおぐ門下生ですか。
このスレは少なくとも仏祖伝来の坐禅を批判することなく、まじめに実践する方々の情報交換の場所です。
もし貴方の意図が別にあれば私のような凡人を相手にせず、堂々と世間に5分間坐禅を提唱なさったらいかがですか。



185 :名無しさん@3周年:04/05/31 11:32 ID:L/vxqvem
 貴方のような唖然の仕方に唖然とするのです。
ですが、机殿と貴殿が非常によく似ているなと思ったところは、共通しています。
一部が似ているからといって、全部が似ているわけではありません。
しかし、どんぶりの背比べ、似ているほどに差異を強調したくなるものです。
「これば、李朝のどんぶりだ。桃山のどんぶりだ」
どんぶりは、どいつもこいつもどんぶりです。
 時にはどんぶり勘定というのがいいのではないでしょうか?


186 :名無しさん@3周年:04/05/31 11:49 ID:z2RvG/ql
>>185
荒らしはこのスレから出て行くこと。


187 :露堂:04/05/31 11:57 ID:OUWb0dLJ
>>一部が似ているからといって、全部が似ているわけではありません。

一度、机氏の発言をよく御覧なさったらよいのではないでしょうか。
貴方の発言は、一部を超えて非常によく似ているのですよ。

>どんぶりは、どいつもこいつもどんぶりです。
>時にはどんぶり勘定というのがいいのではないでしょうか?

なるほど・・・、このように煙を巻くのですか、あれは貴方の事だったのですね。
紛らわしいのを避けるためにコテハンにしたらいかがですか。


188 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 12:10 ID:t74bVXW4
私を呼んでるようですから、横レスです
>>184
>貴方の考えに非常に近い方に机龍之介という人がおります。
>この人は、己の辞書に禅定はない、それは全く理解できない、
>禅定というのは初心者、坐禅は無用とまでいう方です。

「禅定はない」。とは私は言ってませんよ。
「さてこれから禅定するか」。って動機なら禅定してても坐ってるだけです。
菩提心あらば自然と禅定の形をなすもんです。信の位相です。行ではありません。
禅とはそういうもんです。

貴殿は禅を”乞食信心”と間違えてはいないですか?
いくら坐ったからといって功徳なんてありません。

で、言うときますが私はこのスレに書き込むのは初めてです。
今日は呼ばれたから来たまでのこと。

では、邪魔したね・・。

189 :露堂:04/05/31 13:12 ID:OUWb0dLJ
>>188
別に呼んではおりませぬ。
見るには視力、聞くには聴力、理解には理解力、禅定には禅定力。
幼児のレベルまで下がった議論はしたくありませんからね。
どうも論点が拡大する様子でいけませんね。

・・・

スレを独占して大分、他の方にご迷惑をおかけしたようですね。
下らぬ俗気もいい加減にしろという声も聞えそうですので、この辺で一旦お返し致します。
本来のスレ目的に戻りましょう。
ご迷惑をおかけして失礼致しました。


190 :名無しさん@3周年:04/05/31 13:40 ID:L/vxqvem
>そんなこたあない。俺は、ためになる本は3回読んで暗記する。

うーむ。記憶されてもなー。
 ためになったらばこそ、大いにパッパラパーと放送したらどうかなと思うんですよ。
 仔細にくどくど、ここが、こうして、あーして、だから素晴らしいというようにね。
 「よかった。ためになったー。記憶します。」じゃなくて。
 
 しかし、為になると思って放送しても、
 「不真面目、けしからん。先祖伝来の冒涜じゃー。おめー勝手にやれ。」
 ゆうて喚くのがいると、なかなか勇気がでんじゃろな。


191 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 13:48 ID:AnzUnSFy
>>189
>ご迷惑をおかけして失礼致しました。

いえいえ、そんなことはどうでもいいですが。
まあ、せいぜい禅定力を高めて覚醒してくだされ。
影ながら応援してますゆえ。

達者で暮らしなされよ。

192 :露堂:04/05/31 13:58 ID:OUWb0dLJ
何事も始めは格に従って入るものです。
批判したかったら全てをマスターしてからです。
何も知らぬうちから批判するなど、我を立てるというものです。
ちょっと知ったからもう慢心ではものにはなりませんね。
剣道、茶道、華道等等
それが道といわれるものです。
それから別格となってもよいのではないですか。



193 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 14:20 ID:AnzUnSFy
>>192
偏差値教育の弊害が垣間見えますぞ。

現代の修行僧もまさに世相の弊害というてもいい。

まあ、100点パパを目指して頑張ってくだされ。

194 :露堂:04/05/31 14:24 ID:OUWb0dLJ
私は少年野球のコーチをしていた時がありますが、
伸びる子というのは、勿論天賦の才能というのはありましたが、やっぱり素直な子でしたね。
というより親御さんが家に帰って、子供の前で監督やコーチを批判して、子供が素直になれないケースが殆どでした。
そういう子供さんはそのまま我だけが成長して、欲しいことに才能が伸ばせなかったですね。
中には超高校級の子供さんもいましたが、いつの間にか横道にそれてしまって惜しいことでした。
ですから批判があるなら直接我々に言って、決して子供さんの前では言わないで下さいとお願いしました。
それが子供さんのためでもあるわけですから。



195 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 14:29 ID:AnzUnSFy
>>192
これもご縁なるゆえ、ひとつだけ言うておきましょう。
坐る。とは何たるや?

哀しくて人は立ってもいられなくなり、そのまましゃがみ込む。
はて?この先どうしたらよござんしょ?
そのままの坐った位相を、これ禅定と申すもの。
これなくして坐るは居眠りの位相なり。by机龍之介

196 :露堂:04/05/31 14:35 ID:OUWb0dLJ
>>195
貴方も仏教を少しは知っているんでしょう。
戒もなにもない方ですね。紳士でもないですね。
来ないと申されてまだ居座っているのですか。
なんとも・・・・

まあ、グズグズ屁理屈や御託を並べる前に、まず坐ってみなされよ。


197 :サロメ☆ ◆sqHnb0/6.o :04/05/31 14:38 ID:NldReLob
質問なんですが。
カトリックが座禅やってますが害あるでしょうか?
野弧禅で魔境に落ちたりしませんか?

198 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 14:41 ID:AnzUnSFy
>>194
なるほど、大変参考になりますね。
家では先生の悪口は言ったことはないですね。
で、子供は先生、っていうよりも友達みたいな感覚で接してるようです。

先生も仰っていましたが、子供でも相性がいいのとそうでないのがあるようです。
今の先生ってのは感情も話題に入れてきますね。
一般的なOLの感覚ですよ。
そういう時代になったのかもしれません。

199 :露堂:04/05/31 14:42 ID:OUWb0dLJ
キリスト教のことは全く分かりません。
カトリックでも坐禅のようなものがあるのですか?
どなたかご存知の方はよろしく教えてください。


200 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 14:46 ID:AnzUnSFy
>>197
瞑想ってのはキリスト教では古くからやってますよね。
キリストを観想するらしいけど。
神秘体験は仏教に言われてることと全く同じです。

たぶん修道院などでは現在行われているかと思います。
是非とも瞑想したらいいかと思う。

観想する。っていうのはキリスト教独自のやりかたでしょうけど。


201 :サロメ☆ ◆sqHnb0/6.o :04/05/31 14:47 ID:NldReLob
>>199>>200
レスありがとうね

202 :名無しさん@3周年:04/05/31 16:16 ID:h262LvDT
師(以下臨済のこと)が僧堂の中で居眠りをしていた。黄檗がやって来て、それを見ると、杖で木版を一打ちした。
師は頭を挙げて、それが黄檗であると知ったが、また眠った。黄檗は木版をもう一打ちしてから、上の席の方へ
行って首座が坐禅しているのを見て言った、「下の席の若造がよく坐禅しているのに、お前はここで妄想ばかり
しているとはなにごとだ。」首座は切り返した、「このおやじめ、なにをつまらんことを!」黄檗はまた木版を一打ち
して立ち去った。

臨済録にあるこの部分は坐禅の何を語っているのだろうか?

203 :名無しさん@3周年:04/05/31 16:44 ID:g3J7P7+3
>>202
師の黄檗にも邪魔されないくらいに禅定が充実していたんじゃないですか
それを咄嗟に、居眠りというパフォーマンスで黄檗に示す。そこはお互いに
以心伝心で通じあえるから、黄檗も速やかに立ち去った。

204 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 16:45 ID:0vjjzHRA
>>202
貴殿は既に答えを言うておるではないか。

つまり、私と露堂 どののことだな(笑

ここのところは露堂 どのが禅定力でもって私をお切りくださればよろしいかと、
かように思ふ。

ますますの発展を期待します。by机龍之介

205 :南予出身:04/05/31 19:42 ID:XVu33xY1
机、もううんざりだ。出てくるな。

206 :名無しさん@3周年:04/05/31 19:48 ID:Li/DVDwu
せめて名無しにしてよ

207 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 19:59 ID:jyfYCFc6
>>205
>机、もううんざりだ。出てくるな。

じゃあ、なんで私の名前を書き込むのだらう?

>貴方の考えに非常に近い方に机龍之介という人がおります。
>この人は、己の辞書に禅定はない、それは全く理解できない、
>禅定というのは初心者、坐禅は無用とまでいう方です。

私はこんな事を言うた覚えはない。
言うた覚えがなくても反論が出来ないのか?


208 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 20:02 ID:jyfYCFc6
>>205
あと、スレッドにコテハン名が入ってるのはルール違反だよ。
私はあえて言わないけどね。

公共性の高い掲示板なんだから、私は本来自由に書き込める。
ただ私が文句を言わないだけだよ。

209 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 20:03 ID:jyfYCFc6
>>206
>せめて名無しにしてよ

私はなにも指図は受けんよ(笑




210 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/05/31 20:06 ID:jyfYCFc6
もう、こないよ〜〜

お前達で自由にやったらいいよ。
しかしながら呼ばれたら逝くけどね(笑

211 :名無しさん@3周年:04/06/01 01:50 ID:aE5U1UXN
>>all
129 :名無しさん@3周年 :04/05/28 10:03 ID:bWasznhu
ちなみにプロ固定はIDを自在に変えれるw
プロ固定ではなくとも、プロバイダーに複数加入してれば
簡単に自作自演ができる。





212 :ジサク:04/06/01 06:24 ID:D9d9+WZh
>何事も始めは格に従って入るものです。

 漬物の作り方だな。塩を山盛りいれて、長靴で踏んづける。
昔のやり方でやると、そうなる。
しかし本当に美味しいのは薄味です。薄味に慣れると味覚が鋭くなる。
 野球も昔流に鍛えすぎるやり方はよくない。
中学で鍛えすぎると、身長はとまるし、筋肉が硬くなって、怪我が増える。
 トレーニングは薄く薄く重ねていく。
 そうすると柔らかくて強靭な肉体ができる。
 
 強いチームというのは、礼儀正しいと同時に伸び伸びと楽しそうにやっている。
なぜか? 「無理をさせない」それだけ。
 無理をしなければ、人間は本来非常に素朴なのです。
素朴さからくる礼儀正しさが本来の礼儀正しさ。しかもやることなすこと
全て楽しい。これが本来の姿です。
 
 伝統的座禅というのは漬物の作り方と同じなの。
もっと強く、もっと激しく、もっと快感をと欲張るからいけない。
薄く、薄く、5分で満足しなさい。


213 :露堂:04/06/01 08:43 ID:PSmSlJhy
>>210
机さん、下らない応酬は止めましょう、お互い大人気ないですからね。もう呼びませんから、別スレでご活躍ください。

>薄く、薄く、5分で満足しなさい。
それから門下生にも自粛していただけるようご指導下さい。
ここは伝統的坐禅を語るスレです。押し付けるのはよくありませんね。
無用な軋轢を生むだけです。


214 :推察:04/06/01 09:33 ID:D9d9+WZh
 1)サンプル1
 中には超高校級の子供さんもいましたが、いつの間にか横道にそれてしまって
 惜しいことでした。
 
 2)可能性(直感)
  いっぱしのコーチづらをして、前途有望な超高校級の若者を潰し、
 尚且つ親の責任にする。

 3)サンプル2
 ですから批判があるなら直接我々に言って、決して子供さんの前では
 言わないで下さいとお願いしました。
  それが子供さんのためでもあるわけですから
 4)事実
  伝統的座禅の批判など絶対に受け付けない。
 5)推論
  4の事実からしておそらく親の批判にも素直に耳を貸さなかった。


215 :露堂:04/06/01 09:48 ID:PSmSlJhy
>>202
面白い話と賜りました。
そうやって妄想をしながらの坐禅は坐禅じゃないぞ、只管寝ていても禅だぞ、と素直に受け取れば坐禅は形じゃないということなんでしょう。
しかし、黄檗は首座が悟っていることを知っているならば話は別の展開をみせるのではないでしょうか。
「下の席の若造がよく坐禅・・・ なにごとだ。」は、黄檗の意地の悪い挨拶のようなもので、これに対して首座は即座に挨拶を返しただけとなる。もしここで黄檗の悪口に対して挨拶と受け取らずに、こだわりがあれば返答がないでしょう。
しかし師に対して悪口で返したのは問答のなかで言ったことなので、悪口で返された黄檗も返礼と受け止めているのでしょう。
したがって、それ以上の応酬はなく木板を一打ちしただけ(挨拶は済んだ)で立ち去ったということになる。
ともに高い悟境を示したことになって、このように取れば禅のギリギリの応酬とみてとても面白いのではないでしょうか。

216 :名無しさん@3周年:04/06/01 10:39 ID:dMwCBidW
>>212
>>214
荒らしは出ていくこと。


217 :推察:04/06/01 10:44 ID:D9d9+WZh
1)希望
>荒らしは出ていくこと
というあらしは出て行くこと。
2)推察
 真実を語ると坊主の商売に甚だ都合がわるい?(W



218 :名無しさん@3周年:04/06/01 11:13 ID:dMwCBidW
人間関係がつくれないという真実のようだ。


219 :名無しさん@3周年:04/06/01 18:09 ID:mCJnPUw0
朽木は彫るべからず

220 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/06/01 23:19 ID:0VFz7dZR
>>213
>ここは伝統的坐禅を語るスレです。

そうでしたか。それはわたしの見当違いでした。
申し訳ありません。

わたしはてっきり禅定力を語るスレかとおもうておりました。

未だ未熟な机龍之介をお許しくだされ。
合掌。

して、もう書き込みはいたさぬ。

221 :名無しさん@3周年:04/06/02 03:08 ID:6N68JigK
相手にするな!
こいつを相手にすると妙に粘着レスを食らう。
最初は別人かと思うが、こいつしかいないことがだんだんとわかってくる。
だれもがそんな経験から関わりを持たんのだ。
いいかげんに学べ!

222 :名無しさん@3周年:04/06/02 03:24 ID:qh3/eMDh
来ない来ないを連発してのさばる黴が湧いたか。
ここもそろそろおしまいですかね。

223 :名無しさん@3周年:04/06/02 03:31 ID:pTEtNQXG
野狐さんの外道レスは禿しく萎えるんだよ
「スルー」「NGワード設定」
をルールに盛り込んだほうがいい


224 :名無しさん@3周年:04/06/04 00:33 ID:tC6MutEl
坐禅において丹田は重要でしょうか

225 :名無しさん@3周年:04/06/04 00:53 ID:DTsQTs4T
重要だってならいました。

226 :名無しさん@3周年:04/06/04 02:08 ID:muVe9eir
机センセ、最近見かけないと思ってたら、悪金くらってたのね(w

227 :名無しさん@3周年:04/06/04 10:52 ID:vhE2W5Zv
露堂だって(w
激しく痛い。

228 :名無しさん@3周年:04/06/05 01:08 ID:Wj9dQg58
すいません、素人なんですが禅病てなんなんですか?
どんな症状になるのでしょうか?
小耳にはさんだのですが不思議の思ったもので
質問させてもらいました。

229 :名無しさん@3周年:04/06/05 01:11 ID:XSC3EtQj
>>228
ぐぐれ

230 :厳重注意報:04/06/05 08:20 ID:Uvah+xv1
>>220
スレ腐敗菌が侵入しています。

【スレ腐敗菌の特徴】
〔感染症状〕
・初期症状・・・・一見まともなレスの書込み、しかしよく注意すると初心者ぶっている
・中期症状・・・・初心者と思って親切にレスすると直ちに感染拡大する
       一見良識ぶったレスのなかに毒牙が潜む
       次第に浅薄なエセ仏教論を展開してスレ住人を混乱させる
       自作自演、特に自画自賛のレスを頻発する
       最近は多重コテハンを使用して、自画自賛、他者攻撃する毒素が強力
・末期症状・・・・スレが屁糞化する

〔潜伏期間〕
・スレ立て開始直後、別ハンドルネームでじわり感染
・頃合を見計らって、突如として本ハンドルネームに変更

〔感染した時の治療法〕
・特効薬 ・・・・現在のところなし(スレ腐敗菌の指腱鞘炎待ち)
・対症療法・・・・一切の関りを断ち、完全無視を貫く
        スレ品格落ち、目障りはガマン

231 :南予出身:04/06/05 10:08 ID:ZUXCDGyJ
普通の宗教は、現世利益を願うから、自分の欲望が前面に出るが、禅は逆に
自分を滅することから出発する。それがいい。だけど、自我を消すことぐらい
難しいことはない。それが出来たら見性できるのだが・・・・

232 :名無しさん@3周年:04/06/05 10:36 ID:9PRLU7Is
現世利益の宗教は、その本質に自己矛盾を抱えるから、
必ず破綻するでしょう。

生きてる人間は、自我を消すことはできないよ。(と、思う)


233 :無無無:04/06/05 11:51 ID:1R38XV6i
そのとおりですね。自我を滅することなどできない。できないことを達成しようと
して更に自我を強める。此れが現実。
せめて自己の言動・行動を常に自己観照することでしょうか。でもそこに、何ら
かの批判か肯定を持ち込むと観照不可能となる。とかくこの世は難しくもあり、故
に楽しくもあり。十牛図、牛を制し、手ぶらで世間にまた帰る、流れる水の如し。

234 :名無しさん@3周年:04/06/05 13:17 ID:iDLUaEbI
>>231
自我を滅するのではなく、自我への執着を離れさせる と捉えてはどうでしょうか。
山田無文さんが言っておられるように、見性や悟りがなくても、一切衆生のために奉仕する言動をしていけば、このまま菩薩であるわけです。

このように意識の方向を向けかえることによって自我への関心が薄れて、自然に自我への執着が薄れていくことがあります。


235 :名無しさん@3周年:04/06/05 14:06 ID:FqhO5rc6
>流れる水の如し。

牛を制した者が、水を流れると捉えるようでは…




236 :名無しさん@3周年:04/06/05 14:57 ID:qxZSdlxI
>>184
>仏教は理屈や知識だけではどうにも解決できないというところにぶち当たったからです。そして釈尊が自灯
>明、法灯明ということを仰ったことが何となくわかったからです。その時点で心の焚書をしたのです。

自灯明、法灯明という言葉は、死を間近にした釈尊がアーナンダに託した「法」
のエッセンスなんでしょうか。それが釈尊流の道得であるなら、いかにも無師独
覚の行者・求道者らしい道得です。わたしは仏典や論書等はまだまだ読んでない
ものが圧倒的多数で、とうてい心の焚書するなんて境涯ではありませんが、そう
いう中にも少しでも、自灯明、法灯明のエッセンスを掴み取れたらといつも密か
に思っています。理屈や知識だけではどうにも解決できないというところをお互
いに共感できて、理解を深め合うような議論に、そんなスレの流れになったらい
いな〜〜〜なんて思いながら、実際はロムるほうが多い次第です。(^^ゞ

237 :名無しさん@3周年:04/06/05 17:28 ID:3IvVISk/
>カトリックが座禅やってますが害あるでしょうか?
>野弧禅で魔境に落ちたりしませんか?

まったく安全です。害はありません。
害があるのに、ゾロゾロと人は集まりません。
 お茶が出ますし、世間話ができます。


238 :名無しさん@3周年:04/06/05 17:31 ID:3IvVISk/
>牛を制した者が、水を流れると捉えるようでは…

 点点点で終わる文章の見本です。貧弱...


239 :露堂:04/06/05 17:37 ID:qqTSyhKu
>>221
改めて読みますと、かなりのレスがハンドルネームを偽ったものの可能性が高いですね。相手をしたのが間違いでしたか。
誰からも相手にされていないのでしょうけど、無視するしかないでしょうね。
禅の知識(間違ったものだが)と禅の体解とは全く別物で、知らない者ほどよく喋るということを、如実に現してくれたのではないでしょうか。

>>231
貴方も仰っている様に自我を滅するというのはとても難しいことだと思います。
これについて色々と意見が出ているようですが、その工夫の仕方としてですが、
自我を滅しようと思わないで、公案そのものに成り切る努力をしたらいかがでしょう。
間断なく拈提していれば、煩わしい自我(本当に煩わしく感じるものです)の出る余地が次第に少なくなってきます。そして見性は隙間なく工夫された拈提の最中に、自分を忘れたときフト訪れます。
見られる自分と見る自分があるようなときは、遠くとは言いませんが未だしなのでしょうか。
また見性した時には、自分を忘れて見性していたことが、直後、驚きとともに気が付いてわかります。
因みに、私の禅友の中には、幾週間それと気が付かないのんびり屋さんもおりました。(笑
そこのところは何度か体験するとそのへんの消息が掴めるかと思います。

「人人皆 仏法の器なり 必ず器に非なりと思うこと勿れ 修行せば必ず証を得るべき也」

と、修行すれば誰でもが悟ると道元禅師も言っていますね。
疑問に思うことがあったら即、お師家さんに相談して、信じて続けることが大事かと思います。

明日からは週遅れの摂心に入ります。


240 :南予出身:04/06/05 18:03 ID:u9OHkkqV
露堂さんへ。いつも丁寧なアドバイスありがとうございます。
公案になりきってみます。まさに今、見る自分と見られる自分がいる状態です。
ただ、「無〜」と公案に取り組んでいるとき、心境がフワッと高まって、自分が
拡大するような、もうチョットで広々とした世界が見られるような予感がして、
幸福感に包まれます。今そういう状態なので坐禅が楽しみです。

241 :名無しさん@3周年:04/06/05 18:57 ID:URE53YsB
>>238
>点点点で終わる文章の見本です。貧弱...

てんてんがなんと一挙に15個も!
てん取り虫では、あなたに軍配が。
脱帽です。

242 :名無しさん@3周年:04/06/05 19:16 ID:URE53YsB
>>238
>>牛を制した者が、水を流れると捉えるようでは…

>点点点で終わる文章の見本です。貧弱...

238の受け答えは、知識理解の見本です。


243 :無無無:04/06/05 21:12 ID:1R38XV6i
流水先を競わず。水は循環するものなり。全ては流転す。
悟りは環なり。博識には価値がある。しかし、大学者、必ずしもに悟る者にあらず。
頭脳に詰め込んだ知識は、所詮、肉体の範囲を超えず。
悟り理論の百科事典は、討論には楽しきなれど、悟りの境地とはほど遠い。

244 :238:04/06/05 22:02 ID:3IvVISk/
>238の受け答えは、知識理解の見本です。
 知識理解? 知識も理解も対象が必要なのよね。対象外。
>243
 問題外。
 


245 :名無しさん@3周年:04/06/05 22:28 ID:KybcCRkC
>>238の受け答えは、知識理解の見本です。
> 知識理解? 知識も理解も対象が必要なのよね。対象外。

そうです!そうです! あなたが牛を制したなんて  ↑↑↑

246 :名無しさん@3周年:04/06/06 02:41 ID:q585dQ97
>>239
このスレではなく他スレで粘着されることになるのでご用心を。

247 :腐敗菌再侵入!:04/06/06 12:47 ID:97QYKEsC
どうやらまた同じ腐敗菌が侵入したらしいな。
今度はひどい自家中毒を起こしているようだ。
己の毒で脳が腐敗しているんだろうな。悟りに理論があるなんていうのは腐敗菌だけだしな。
それと腐敗菌だから牛にとりついて牛になったと錯覚しているんだろう。

一切、手を触れぬよう完全スルーであるべし!


248 :名無しさん@3周年:04/06/06 13:03 ID:3vWIrwBO
遊びたい香具師はこっちへおいでよ
http://etc2.2ch.net/test/read.cgi/psy/1084763445/l50

自治板にも削除しないように頼んでみたから

249 :名無しさん@3周年:04/06/06 23:02 ID:aw4C2htM

『二入四行論』
慧可の法友、曇琳によって著された菩提達磨の教えの書。仏道を達成するためには、教に
よって宗を悟る「理入」でも、行の実修によって道に証入する「行入」の二道いずれから
でもよし。

250 :名無しさん@3周年:04/06/06 23:06 ID:aw4C2htM
「至道無難 唯好揀択」とは、当スレに集う禅匠たちの座右の銘?

かくも明晰に敵味方を峻別し自他を切り離す弁道こそ、あるいは無字の
公案に取り組むには最も相応しいのかもしれない。
絶対矛盾の自己同一とは、そのような心の有りかたに微々たるも疑念
を挟んではならないということだ。もしも一瞬でも疑を抱いたなら、学人は
瞬く間に地の元素によって心身の調和を破壊され、自縄自縛で身動きで
きなくなってしまう。見性への渇愛もいけない。水の元素に溺れさせられる
し、瞋恚なんてもっての外だ。怒りは学人を火元素が焼き焦がし、自己愛
のエクスタシーは、風の元素によって有頂天界に舞いあがった侭、二度と
現世に戻れなくなってしまう。
四大を良く調え、只管無字の公案に取り組むべし。

251 :名無しさん@3周年:04/06/06 23:09 ID:aw4C2htM
       発
       菩
       提
       心

252 :名無しさん@3周年:04/06/09 12:28 ID:U+F0Oc4N
元々意味なんて無いのですから、もしパッチリと目が覚めておれば、
当然何も見える筈はないのです。


253 :南予出身:04/06/10 20:14 ID:2tG34GSI
禁酒中なのだが、今日は無性に酒を飲みたくてならなかった。で、坐禅を組んで
考え直すことにした。組み終わった後、ノボセが取れて、酒を飲むのがバカらしく
なった。ああ、この調子で禁煙もしたいものだ。
 見性はともかく、坐禅をすると、ある程度意のままに人生が後れそうな気がする。
それだけでも、坐禅を組む値打ちはある。

254 :名無しさん@3周年:04/06/10 23:46 ID:LrU4r3UJ
>>253
坐禅は意のままに人生を送るためのものか?

255 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 17:57 ID:Hcskdb+X
はつよろ〜
名無しさんが多いね。
コテハンさんはいないの?
お散歩の途中に、見つけましたぁ〜
時々は、寄らせてください。
(。・_・。)ノよろしく

座禅かぁ〜
股関節が悪くて、組めないよ。
組めば、お酒を飲まずにすむと言う、効用もあるんだね。
いいもんだね、座禅。
立派に、人間の役に立ってる。

256 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 18:17 ID:Hcskdb+X
>>18 南予出身 さん
思うんですが、見蹟 
進む道に 方向性を見つけたんですね。



257 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 18:21 ID:Hcskdb+X
>>25 露堂 さん
老婆禅。


258 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 18:26 ID:Hcskdb+X
>>32 さん
見蹟、
牛の足跡を、見つけたんですね。。


259 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 18:27 ID:Hcskdb+X
>>33
師家の点検なしには、だめです、ね。

260 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 18:32 ID:Hcskdb+X
>>43 さん

> いまだかつて、仏性の有無に迷った犬を見たことなし
> 莫妄想

↑ 禿同!

ですが、頓智問答ではないんですよ、つい、笑ってしまったけど、(笑)


261 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 18:35 ID:Hcskdb+X
>>50 さん

> 悟りが分別を離れることならその通りだろう。 でもそしたらアフォほど覚者に近いってこったな。

そそ、見性、得ましたよ。50 さん。


262 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 18:49 ID:Hcskdb+X
>>86 さん
> ステージってオウムの連中がよく使うな。悟りにも偏差値導入ですか。
> ご立派なことで。

そう、言ってみたくなりますよね、(笑)


263 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 18:52 ID:Hcskdb+X
>>94 さん
それが、まさに プロセス

264 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 19:09 ID:Hcskdb+X
>>152
牛とは、本来の自己
本来の自己に出会いのが、禅でしょうか、ね。

265 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 19:15 ID:Hcskdb+X
>>152
3分、ですよ、わたしの場合は、(笑)
これじゃあ、悟れないでしょうね。壁│・m・) プププ

寝る前に ふとんの中で、単に座って、朝 起きてから、今寝るまでの事を思い起こして、点検しています。
座禅じゃ、ないでしょうからね、それじゃあ、
しかも、忘れがち、【苦笑

266 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 19:18 ID:Hcskdb+X
>>154
じぶんの中に、正義があると、なかなかすなおに聞こえてこないものですよね、
からすが、かぁ〜かぁ〜、とは、鳴いていないように。

267 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/12 19:34 ID:Hcskdb+X
>>212 ジサク さん
勝負にこだわらず、全力 出し切ればいいね。


268 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/14 14:01 ID:sJv497K0
ロゴス緊急避難スレ

http://hobby6.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1087059555/

269 :名無しさん@3周年:04/06/15 09:05 ID:Lt+Bd63m
>>268
あは氏 バシルさん。
わずか3分間もじっとしていられないあなたはそうとう重症なADHDですね。
レスにもあっちフラフラこっちフラフラの全くの落ち着きがありません。
来るところが間違っている様です。
2chへは来ないですぐに精神病院へ行ったほうがよろしいでしょう。
ちょっとの坐禅ではあなたのADHDは直りません。


270 :M:04/06/15 09:30 ID:lMsaIjbs
机氏はなかなか的を得た問答だと思いましたが、見性を論議するのは
自分が見て感じる以前のことそのことについて説明するようなもの。

レベルが下がったと思いましたが、
>未だかつて仏性の有無に迷った犬無し
すばらしいと思いました。

見性仏性。
狗子仏性。
言葉の罠には気をつけろ。

271 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/15 13:27 ID:rNEmfWYY
>>269 さん

> わずか3分間もじっとしていられないあなたはそうとう重症なADHDですね。 レスにもあっちフラフラこっちフラフラの全くの落ち着きがありません。
1日の終わり、布団に座って、3分間ぐらい、起きてから 寝るまでの間を思い起こし、点検しますと言う事を言ったのですが、意味を取り違えて受け取られてしまいました。

> 来るところが間違っている様です。 2chへは来ないですぐに精神病院へ行ったほうがよろしいでしょう。 ちょっとの坐禅ではあなたのADHDは直りません。
おはよう、こんにちわ、こんばんわの日常の挨拶も、できない人から、突然の失礼な罵詈雑言。
困った。
ここへ、やってくる人たちにも、不快感を、与えたでしょうね。
どうも、すみません。
どこか、は成せる場所は、ないかなぁ〜と、探している事は、事実ですが、【苦笑

272 :名無しさん@3周年:04/06/15 23:37 ID:XxTkv5bw
>>270
机を評価する時点であなたが厨房であることがわかるよ。
ねえ、こちらで机解禁しない。
原始スレにいついちゃって、みんな困ってるんだけど・・・
やっぱ、だめだろうなあ・・・

273 :名無しさん@3周年:04/06/16 02:17 ID:kN1kqJKR
>おはよう、こんにちわ、こんばんわの日常の挨拶も、できない人から、突然の失礼な罵詈雑言。
あいさつできなきゃだめだ。って言ってるならまず自分からしたらどうだ?
あいさつなしに入ってきたヤシが言うことか?
しかも、自分に敬称をつけるヤシ。 「あは氏」。
その上、座禅のことなのに、3分間布団の上にいて、どこが関係あるんだ?
以上のことから、かなり、おちょくっているとしか思えないなー。
>あは 出てけ!

274 :名無しさん@3周年:04/06/16 02:32 ID:GTH1A399
>ここへ、やってくる人たちにも、不快感を、与えたでしょうね。
>どうも、すみません。
そのおちょくった態度が気に入らん。
あやまってすむなら、けいさついらんのじゃ。

275 :名無しさん@3周年:04/06/16 02:35 ID:GTH1A399
はっきり言って、うざい。
坐禅と見性(あは はアクセス禁止)に変えよう!

276 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/16 03:19 ID:xAyps89O
>>273

> その上、座禅のことなのに、3分間布団の上にいて、どこが関係あるんだ?
座禅というのは、かたちだよ。
座れば、良いというものじゃない。
行住坐臥、禅、の真っ只中だね。

> 以上のことから、かなり、おちょくっているとしか思えないなー。
> >あは 出てけ!
jkr、どなることは、ないよ。

277 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/16 03:21 ID:xAyps89O
>>274
399
どなりまくりじゃぁ〜ねぇ〜、話しがしたいよ。

278 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/16 03:24 ID:xAyps89O
>>275
399
自分自身の言いたい事を、言わないの?
それを語る場所ではないの?
見性って、遠くにだけあるものじゃなく、日常の中にこそ、あるんだよ。

279 :名無しさん@3周年:04/06/16 10:34 ID:smDr+gkg
<人物短評:あいうえお順>
机龍之介氏:世を飄々と生きる「雲」的御仁。おそらく一休宗純・荘子を尊崇しておられる。

露堂居士氏:無門関に入りて世を過ごす脱俗御仁。

280 :南予出身:04/06/16 19:34 ID:67csjCFa
3日前にNHKで永平寺の104歳になる住職のドキュメンタリーがあった。
坐禅は3分でも5分でもいいそうだ。ちなみに老師は坐禅中は何も考えていないとのこと。
無念無想はよくない、と書いてある本もあるが、実際、何も考えないときに無に近づいていく気がするので、
無念無想でもいいと思うが・・・・・

281 :名無しさん@3周年:04/06/16 19:46 ID:UO5Gidd/
>>280
 放下着

282 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/16 22:50 ID:xAyps89O
>>280
はつよろ〜、南予出身
スレ立て、乙
無の公案に参禅されてるとか。
師家につくこともなく、片手の公案に、30過ぎた頃、取り組みましたぁ〜
だから、無の公案は、通っていません、・・・(−−;)汗

かたてのひとが、たたく 拍手 の音を聞いて来い

というものです。

それしか、語るものは、ありません、【藁

最近、ここをよく見てます〜、よろしく〜  m(_ _)mペコリ

283 :くろしろ ◆JAkgmm2k0w :04/06/17 02:25 ID:W62/Hwoy
質問です。女子高生の膣の中で暮したい のですが、どうすればよいでしょうか?

284 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/17 02:50 ID:vG1d6c/m
>>283
> 質問です。女子高生の膣の中で暮したい のですが、どうすればよいでしょうか?

woy さん
難しい質問ですね。
何故、そんな妄想にとりつかれるようになったのでしょうか?
そんな、小さな場所ではなく、大人物は、おおらかな場所で、お暮らしください。
そして、社会の一隅を照らす ひかり となって下さい。

285 :名無しさん@3周年:04/06/18 11:38 ID:2YYhgk61
>>283
その答えを得るためにひたすら座せ。
我とそのものと一つになれ。
答えを得るのは己やで。

286 :名無しさん@3周年:04/06/18 18:41 ID:sBZsujYe
あのさ、坐禅っていうけど、椅子に坐ってちゃ見性は得られないの?

287 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/18 19:48 ID:n2odWew7
>>286
見性は、座禅とか、椅子に座ってとかに、関係がないよ。
ただ、お釈迦様が前代未聞の激しい修行を棄て、座禅をし、明けの明星を見たとき、お悟りをひらかれたんだよ。
だから、お釈迦さまの、お弟子である、わたしは、座禅をするんだ。
座禅をしたからと言って、見性は 得られないよ。
見性は、そこらに転がっている 全て だからね。
もう一人の自分に出会う、旅、だと言えるかな。

もすこし、自分の事を、はなしてみてくれよ。>Ye


288 :名無しさん@3周年:04/06/18 20:11 ID:sBZsujYe
お釈迦様は死んでいないよね?死んだ人の弟子になるのって
馬鹿らしくない?生きてる師匠だったら分かるけど・・

289 :名無しさん@3周年:04/06/18 20:39 ID:vBl0Ojn4
>>288
死んで おらんよ。

290 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/18 21:07 ID:n2odWew7
>>288 Ye さん
> お釈迦様は死んでいないよね?死んだ人の弟子になるのって
> 馬鹿らしくない?生きてる師匠だったら分かるけど・・
>>289
> >>288 jn4 さん
> 死んで おらんよ。


ye  さん
そうだよね、
こちらが、勝手に、お弟子に加えて頂きたいと願うばかりで、お釈迦様から お許しを 直(じか)に いただける訳じゃないものね。
その事は、とてもさびしい事だよ。

jn4 さん
まずは、死んでいると言う事は、認めていただかないと、奇異に感じるよ。
そして、 【死んで おらんよ。】 と言えると思います。




291 :名無しさん@3周年:04/06/18 21:16 ID:hnQDBy6X
死んで (もうこの世に)おらんよ。

292 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/18 22:16 ID:n2odWew7
>>291
> 死んで (もうこの世に)おらんよ。

そうだよね、お釈迦様は、2500年前に、亡くなられてるからね。
それは、確認しようよ。

293 :名無しさん@3周年:04/06/18 22:48 ID:sBZsujYe
あのさ、死んだ人のことは忘れて、生きている人達と関わった方が
人生楽しくないかい?死んでる人の弟子っておかしいよ。
せめて生きてる人の弟子になんなよ。

294 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/18 23:23 ID:n2odWew7
>>293
> あのさ、死んだ人のことは忘れて、生きている人達と関わった方が  人生楽しくないかい? 死んでる人の弟子っておかしいよ。 せめて生きてる人の弟子になんなよ。

Ye  さん には・・・
どなたか生きている人のお弟子さんなんですか?
もすこし 自分自身を 語ってみてください。


295 :名無しさん@3周年:04/06/19 02:14 ID:Q4VISbMc
>>294
青いな。
何故 人に問う?

296 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/19 04:36 ID:BVRxvNdM
>>295
> >>294
> 青いな。 何故 人に問う?

Yeさんの考えを聞いて見たいと思ったんですよ。

Mcさんも、何かお話し していただけませんか?
是非、お聞かせください。
お願いします。

297 :南予出身:04/06/19 10:53 ID:Em3lgP5b
バシルさま。私こそよろしくお願いします。
今、無字の公案に取り組んでいるところです。自我を消す、知識以前、経験以前の自分になる、と頭では
分かっていても、そういう「実感」が伴いませんね。無念無想で座っていると、目の前に無の世界があるのに
プールに飛び込むのを嫌がるように、飛び込めない感じです。
でも、丹田呼吸の癖をつけるだけでも、体にも心にもいいので、なるべく毎日40分ほど座るようにしています。


298 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/19 15:48 ID:BVRxvNdM
>>297
南予 さま
わたしは、師家にもついてなくて、云わば、独覚 です。
正式に、無地の公案に取り組んでいらっしゃるので、とても 興味深く 読ませていただいいています。
露堂さんも善意からでしょうが、先走っていらっしゃるなぁ〜と、思いました。ごめんね、露堂さん。


299 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/19 15:49 ID:BVRxvNdM
無地 → 無字

300 :名無しさん@3周年:04/06/19 18:59 ID:4pRg8R3d
>あは
自分に敬称をつけるなって。

>だから、お釈迦さまの、お弟子である、わたしは、座禅をするんだ。
きみ、いくつ?「お弟子」って自分に「お」をつけるなって。
日本語勉強してこい。

おまえ、3分間布団の上にいるだけで、座禅だとぉーー。
どこのだぁーーほだ。
おまえ、少し黙って修行してこい。
間違いだらけだ。

>もすこし、自分の事を、はなしてみてくれよ
くだらない寸評ばかりでよくそんなことが言えるな。

301 :名無しさん@3周年:04/06/19 19:00 ID:4pRg8R3d
>ただ、お釈迦様が前代未聞の激しい修行を棄て、座禅をし、明けの明星を見たとき、お悟りをひらかれたんだよ。
おまえ、勘違いしてる。
3分間の即席見性らしい。
きみいくつだ?
悟りに お をつけるな。
気持ち悪い。

1つめの勘違い
前代未聞の激しい修行で悟りはひらけん。
2つめ
悟りは始まりにすぎん。
3つめ
明けの明星を見たのでなく飛び込んできた。

>見性は、座禅とか、椅子に座ってとかに、関係がないよ。
座禅の型がなぜあるのか解らぬなら黙っておれ。
3分間の素人判断はやめておけ。

>(見性は、)もう一人の自分に出会う、旅、だと言えるかな。
おまえ、なんなんだ。おまえの幻想をここに書くな。
はっきり言っておいてあげる。きみのためだ。
見性してるとただの幻想を描いている。

302 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/19 20:00 ID:BVRxvNdM
>>300
>>301
3d さん
(^-^)/ドモ〜♪はつよろ〜
IDについては、長い時間と、紆余曲折があっての結果だから、さ、まあ、いろいろ言いたい事もあるとは思うけど、それほど 執着するものでもないから、さらりとスルーで、お願いします。

3d さんの 座禅に対する、考えを 是非 教えてください。

3分の座禅なんてしてないよ。
寝る前に、ふとんに座って、起床から、就寝に至るまでの事を思い起こし、自己点検してると言ったんですよ。
股関節を、痛めてましてね、座禅したくても、物理的に出来ないんですよね。
だから、座禅と言う形も、できないものには、高い壁ですね。
もちろん、排他的なものではなく、難行苦行ではなく、お釈迦様には、自然になさっていた事、それだけだったんだろうな、と思っていますが。

見性を得たとは、言えないんだよね。
独覚だから、ね。
むしろ、それじゃあ、駄目だよ、独覚じゃあね、と言われて 当然でしょう。
それだからこそ、南予 さんが真摯に 無字の公案に取り組んでらっしゃるこのスレに、寄らせていただいてます。


303 :露堂:04/06/21 08:41 ID:Y/Awoojs
摂心明けから暫く遠ざかっていましたが、またまた風変わりな御仁の登場ですか。(笑


>>587
>見性は、そこらに転がっている 全て だからね。
>もう一人の自分に出会う、旅、だと言えるかな。

見性してない人がわかるものなのでしょうか?(笑

>>298
独覚か何だかは知らないけれど、余り自分よがりなことを言うと笑われますよ(笑

>>302
まず貴方もつべこべいわずに真摯に取り込むことです。
それには屁理屈が出てくる、その頭をまず取り除くことですね。人生は永い様で短いものですからね。
ぐずぐずしていたら糞製造機のままで一生を終えてしまいますよ。
貴方もどなたかの御仁に瓜二つですね。
老婆心(老爺心)ながら、この辺りで心を入れ替えてみてはどうでしょうかね。





304 :露堂:04/06/21 09:00 ID:Y/Awoojs
>>297

>無念無想で座っていると、目の前に無の世界があるのに
>プールに飛び込むのを嫌がるように、飛び込めない感じです。

自我に執着しているときにでる初期の症状(?)ですね。
坐禅をして定力が付き始めると、このように自我を失うまいとする心との葛藤がでてきます。
坐禅が続かない人は自我を失うのが恐ろしくて、この段階で止めてしまうのが多いですね。
だからいつまでもものにならないのでしょうね。
しかしこの段階を経て、大死一番、飛び込んで自我を離さなければ対境不二、無我の境地にはなれませんよ。
こういう魔境はこれからも何べんもでてきますよ。



305 :名無しさん@3周年:04/06/21 09:56 ID:Y/Awoojs
>>301

>悟りは始まりにすぎん。
まことにそのとおりですね。
一回見性して、天狗になって生悟りになるのが一番始末に悪いですね。
それならばしないほうがましって言うもんですね。
見性からが本当の永い永い修行なんですね。


>明けの明星を見たのでなく飛び込んできた。
これは実感がこもった言葉ですね。
そうなんです。こっちが何かするというのではなく 外境の方からこっちに働きかけてくるっていう感じなんですね。



306 :名無しさん@3周年:04/06/21 10:35 ID:IjdTntF1
>>303
>>298
独覚か何だかは知らないけれど、余り自分よがりなことを言うと笑われますよ(笑

自分が通ってきた道を笑わないでね。

307 :露堂:04/06/21 11:12 ID:Y/Awoojs
>>302
>寝る前に、ふとんに座って、起床から、就寝に至るまでの事を思い起こし、自己点検してると言ったんですよ。
>股関節を、痛めてましてね、座禅したくても、物理的に出来ないんですよね。
>だから、座禅と言う形も、できないものには、高い壁ですね。

これが事実で正座もできないのであれば椅子に腰掛けてやればいいじゃありませんか。
このとき背筋を伸ばして、臍下丹田に重心が掛かる様に坐ることが重要ですがね。
やろうと思えば出来るのです。逃げ口上を言って自我を大事にしているうちは話になりません。
いづれにしても読書や頭だけでは見性もできませんし、隻手の音声は聞えてきませんよ。


308 :露堂:04/06/21 11:18 ID:Y/Awoojs
>>306

>自分が通ってきた道を笑わないでね。
いえいえ、まだまだ修行が足りないのでつい笑ってしまいます(笑
だいたい2chに来ていること自体、禅とは程遠く修行の妨げではないのかと自問していますからね。
(どうやら修行によくないようなんですけどね)

309 :露堂:04/06/21 11:48 ID:Y/Awoojs
日曜ミニ摂心の方法

いきなり初心者が摂心会にいくのも堪えます。そこで本格的な摂心会に行く前に自宅でできる準備として
日曜に私が遣っている朝から始めて夕方で終えるミニ摂心の方法はどうでしょうか。

・朝食後、都合の良い時間にはじめます。(大体8:00頃)
・読経(開経げ、般若心経、観音経etc)
・坐禅(40分間)
・中かい(休憩)
・坐禅(40分間)
・経品(近くの緑歩道での歩行禅)
 わき見せずにただ道を一歩一歩確かめながら普通の速度で歩きます。
 何か目に入っても心を動かされない訓練です。雑念が入らぬよう注意して一歩一歩歩きます。
 この経品はとても大切です。
・坐禅(40分間)
・昼食
午後は午前の内容を繰り返す。
・読経して終了

この方法であれば比較的初心者の方にも出来るのではないでしょうか。





310 :露堂:04/06/21 13:32 ID:7C4gmEX+
>>309
失礼しました。

経品→経行

坐禅で培った不動心を更に養います。




311 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/21 16:50 ID:fKcZ6eBd
>>303

> 見性してない人がわかるものなのでしょうか?(笑
そこに、分別が、ある!
嘲笑もありますね。なぜですか、わらい?

> 独覚か何だかは知らないけれど、余り自分よがりなことを言うと笑われますよ(笑
お寺を離れた、所先輩もいらっしゃいますよ。否定では、なくてね。
組織には、なんとも言われない さび みたいな ものも ありますからね。

> まず貴方もつべこべいわずに真摯に取り込むことです。
そう云わず、参禅もせずに、ここらへんを うろうろしている者の言い分も 聞く耳 持ってみてください。
出ないと、一方的に、説教を垂れるだけになって、今度は誰も、聞く耳持たなくなりかねなくなりますよ。

> 貴方もどなたかの御仁に瓜二つですね。
> 老婆心(老爺心)ながら、この辺りで心を入れ替えてみてはどうでしょうかね。
老婆禅。
と一言で、評した事への 早速のしっぺ返しでしょうか?
今は、素直なこころが なくなってるようですね。いつもは もっと違った印象の方なんだろうとは思いますが。

2次元の世界では、真意 が伝わりにくいものです。
ですから、余計に、相手の事を、じっくり、聞いてからでないと、なかなか、姿が、見えてこないものです。
勿論、わたくしにも、言えますが、【苦笑





312 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/21 16:59 ID:fKcZ6eBd
>>307

> これが事実で正座もできないのであれば椅子に腰掛けてやればいいじゃありませんか。
> このとき背筋を伸ばして、臍下丹田に重心が掛かる様に坐ることが重要ですがね。
> やろうと思えば出来るのです。逃げ口上を言って自我を大事にしているうちは話になりません。
> いづれにしても読書や頭だけでは見性もできませんし、隻手の音声は聞えてきませんよ。

あ!
ありがとうございました。m(_ _)mペコリ

隻手
聞いたんですよ。・・・(○`。 ´○)ボソッ 
30過ぎて、2〜3年した頃。
キャバレー勤めもして、巫女さんのアルバイトもしている女性との会話中。

それから、しばらくきんいろの炎が、立ち上がるのを、見ていました。

だけど、それが、どうした、といえますが



313 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/21 21:18 ID:fKcZ6eBd
>>306 F1 さま

> 独覚か何だかは知らないけれど、


あのう、独覚である事を 自慢して言ってるのでは ないんですよ。
よりによって 独覚 してしまったんですよ。どう間違えたのか。
だから この道をすすめ とか言ってません。
師家について修行して くださいと言ってるんですよ。 そこは 分かってください。

>余り自分よがりなことを言うと笑われますよ(笑
もうしわけない。
誰もそうだと思うけど 自分自身の考えてる事を 聞いて欲しいと思ってるよね。
だから、「じぶんよがり」と言われようとも、 議論を進める必要上、こちらの意見を言いますよね。
F1さんの 思うところを 是非聞いてみたいです。

> 自分が通ってきた道を笑わないでね。
一寸意味が、分からないでいますが。
「 自分が通ってきた道を笑わない」 ですよ。どうして笑えるでしょうか?
もちろん、他人から見れば、大爆笑者の、大ばか者 ですが、【自爆】

ちょっと なまいきに 映っているのかもしれないけど、先入観なしで、付き合ってみてよ、どう?F1さん。

314 :露堂:04/06/22 08:39 ID:Z5ssmf53
>>312

>キャバレー勤めもして、巫女さんのアルバイトもしている女性との会話中。
>それから、しばらくきんいろの炎が、立ち上がるのを、見ていました。

失礼ながらそれは見性とは違うようですね。
見性とは自性を自覚することで、対境をどうのこうのではありませんからね。

たぶんその女性に熱でも上げて朦朧として幻を見ていたんでしょう。
あるいは女性のオーラが見える体質だったりしてね。

まあ、3分間の反省がこのスレとどういう関係があるのか、さっぱりわかりませんけれど
そのようなカルトまがいなことを言っている間は仏法はわからんでしょうね。





315 :露堂:04/06/22 11:08 ID:Z5ssmf53
>>312
>隻手
>聞いたんですよ。・・・(○`。 ´○)ボソッ

それに何か勘違いしてますけど、 炎の立ち上がるのを見たことと、
隻手の音声を聞いたこととは何の関係もありません。


316 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/22 12:55 ID:SzRq9ukf
>>314
>>315
ごめんね、でかけるので、
夜、レスしますが、

聖と俗 と言ったような 分別 してますね、どうやら。

かなりなご高齢の方かも知れませんが、耳が従ってませんね。

問答無用の 辻斬り強盗 タイプでしょうか?

一度、こんな馬鹿がいますと、和尚に問うてみてください、なんとおっしゃるか?

正確に、ね、 お願いします。

317 :名無しさん@3周年:04/06/22 13:42 ID:4FU1INeX
新たな「はぐれ雲」 登場かな。

318 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/22 13:56 ID:SzRq9ukf
>>317
> 新たな「はぐれ雲」 登場かな。

よろしく〜(爆)・・・m(_ _)mペコリ

319 :露堂:04/06/22 14:28 ID:Z/zd+H3c
>>316
>聖と俗???
>問答無用の辻斬り強盗タイプ???
>耳が従ってませんね。???

何のことやらさっぱりわかりません。
相当な勘違いをしていることを申し上げているのです。

>和尚に問うてみてください
ご自身のことです。他人に訊かせるのではなくご自身で訊いてみたらいかがでしょう。

こういう何かの身体的変化を期待して見性論を論じることは非常に誤ったことです。

新興カルト教団がこの手を使って若い人を誘惑して人生を狂わせているのです。



320 :名無しさん@3周年:04/06/22 14:39 ID:4FU1INeX
分かるなー。
静かな池の水を見ると石を投げ込みたくなる気持ち。
従より順の方がよかったのでは。

321 :露堂:04/06/22 14:49 ID:Z/zd+H3c
>>316

隻手の音声の見解とは、なにか神通力を持つような身体的変化が生じるとか、そういうこととはまったく関係ないことです。
それを勘違いしているというのです。
この公案に真剣に取り組んだ結果、自己が清算され、経験外の超経験世界を体験し、さらにその見解(けんげ)を示すものです。
金色の炎を見ましたでは見解ではありません。



322 :マンゴー先生:04/06/22 18:10 ID:zwwCTlwq
>>321
初めまして。なんかアハさんがいじめられててかわいそうなんで…。
隻手の音声=超経験世界の体験=一般的に光として感じられる
ということで、金色の炎という表現もあながち体験していないとは言い切れないのではない
でしょうか。
ただ、だけどそれがどうした>>312、という言葉からは、残念ながらご自身の人生について
の真剣さが当時は足りなかったであろうことが読みとれますね。つまりドラッグで体験した
人とかわりないということです。

323 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/22 18:41 ID:SzRq9ukf
>>319  露堂 さん

> > 聖と俗

> 何のことやらさっぱりわかりません。 相当な勘違いをしていることを申し上げているのです。

差別したでしょう?
キャバレ-に勤め、バイトで巫女さん をしていた彼女の事を、鼻で笑ったじゃないですか!
そう言う彼女を、自分より下に見たんでしょうね。
彼女が、超能力者、呼ばわりし、なにか奇妙なものであるかのような、印象を、ここを見ている人たちに与えようとした。
唯我独尊は、あまねく 全ての人 の 存在 ですよ。
見性を得た事を、自慢しているのでは、無いって、言ってるのも、見逃して、いますね。
道を求めていたとき、つまり、どうやって生きていこうか、と、仏教書を読み漁っていたとき、
例の彼女との会話の中で、
ほんとに、棒で、なぐられたかのような、きっかけがありました。
それから、しばらくは、きんいろの炎が、立ち上がるのを見ていました。
ほどなく、隻手の公案を通過しました。
検証する 石のひつぎも、なんなく通れました。

ですが、それに、「それが、どうした」と言うフィルタをかけてみて、
前も後も、変わりはないですね。
とは言え、かなり長い年月、肩を組み、歌い、笑い、ダンスをいつまでも、踊っていました。
あれから、ずいぶん長い時間が、経過した事もあって、もう叫んだり、だれかれかまわず、しゃべりまくるのは、少なくなりましたが、(笑)

露堂さん、
おひとりの
答えをください。
学んだ答えの引き写しではない、あなたの言葉で。

達磨さんが、インドからやって来たのは、意味は なんだったんですか?



324 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/22 18:42 ID:SzRq9ukf
>>320
> 分かるなー。
> 静かな池の水を見ると石を投げ込みたくなる気持ち。
> 従より順の方がよかったのでは。

そtでしたね、誤変換でした、ありがとう 。
また、よろしく。

325 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/22 18:54 ID:SzRq9ukf
>>322 マンゴー先生

一寸下ネタ風な 先生登場ですね、(爆)
いらっしゃいませ m(_ _)mペコリ

> 初めまして。なんかアハさんがいじめられててかわいそうなんで…。
いえいえ、いじめられてないですよ。
露堂 さん いつのまにやら 禅の 専売特許を持ってるのは 俺だけだ!えっへん!とでも、言ってるような感じがしてらっしゃるんですよね。

> 隻手の音声=超経験世界の体験=一般的に光として感じられる ということで、金色の炎という表現もあながち体験していないとは言い切れないのではないでしょうか。
> ただ、だけどそれがどうした>>312、という言葉からは、残念ながらご自身の人生について の真剣さが当時は足りなかったであろうことが読みとれますね。つまりドラッグで体験した人とかわりないということです。
きんいろの炎に、何にも意味はありませんよ。ただ、何度も見たよ、と言ってるんですよ、見性を得る門をくぐる前に。
見性 のあとは、何の不思議な事はないのが、世界だと、分かりました。

それがどうした
それは、云わば、フィルターの役割ですね。
一寸、突き放して、距離感を とってもう一回見てみると言う。

326 :南予出身:04/06/22 20:34 ID:jsSkDMos
304 名前: 露堂 投稿日: 04/06/21 09:00 ID:Y/Awoojs
>>297

>無念無想で座っていると、目の前に無の世界があるのに
>プールに飛び込むのを嫌がるように、飛び込めない感じです。

自我に執着しているときにでる初期の症状(?)ですね。
坐禅をして定力が付き始めると、このように自我を失うまいとする心との葛藤がでてきます。
坐禅が続かない人は自我を失うのが恐ろしくて、この段階で止めてしまうのが多いですね。
だからいつまでもものにならないのでしょうね。
しかしこの段階を経て、大死一番、飛び込んで自我を離さなければ対境不二、無我の境地にはなれませんよ。
こういう魔境はこれからも何べんもでてきますよ。


その通り。飛び込む前に坐禅をやめていました。今度、徹底的に無の中に体を浸してみます。


327 :マンゴー先生:04/06/22 21:42 ID:IigesXdt
>>325
ゴーマンな自称悟り人ゆえにマンゴーです。
下ネタも好きだけど仏教話のときにはしませんよ。

生き方を真剣に求めているときに見性すると、必ず答えが見つかります。
故に失礼な事を申し上げてしまいましたが、「とは言え、かなり長い年月、
肩を組み、歌い、笑い、ダンスをいつまでも、踊っていました。」>>323
をみて、私の早とちりだと分かりました。
そうですね、答えはまこと当たり前のことなんですよねぇ。


328 :マンゴー先生:04/06/22 21:46 ID:IigesXdt
>>326
無の中に体を浸すというよりも、露堂さんの言うように飛び込むという感じ。
世界に自分を投げ出すって感じですね。


329 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/22 22:29 ID:SzRq9ukf
>>327
> >>325
> ゴーマンな自称悟り人ゆえにマンゴーです。

失礼、申し上げましたぁ〜
今 思えば ステキな名前ですね、 ヨイショ!・・・(爆)


> 「とは言え、かなり長い年月、
> 肩を組み、歌い、笑い、ダンスをいつまでも、踊っていました。」>>323
> をみて、私の早とちりだと分かりました。
> そうですね、答えはまこと当たり前のことなんですよねぇ。

ありがとうございます。語り合える友に出会いました、うれしいですよ。


330 :名無しさん@3周年:04/06/23 00:14 ID:v93mVNst
あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA =マンゴー先生 =机です。
他のコテもぁゃιぃですね。

331 :名無しさん@3周年:04/06/23 00:16 ID:v93mVNst
あと南予出身 も机ですね。


332 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 01:39 ID:gTRLYDeU
>>330
>>331 さん

違いますよ。
机は、見性 得てないから。
全て、イクオル じゃ、ありません。
はずれです。

未熟さが、出ましたね。
本物と偽者の見分けが、ついてませんよ。


333 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 01:41 ID:gTRLYDeU
>>332
Ps
ぜんいん、それぞれ、別人、ですよ。

334 :名無しさん@3周年:04/06/23 01:44 ID:UQFqYIWM
>>330,331
B64:
jE6CzZRujq2CqYFIioWBSYFJgUCL8IKpjtKC34FJgUk=


335 :300:04/06/23 02:50 ID:gKSEsH4w
>>314 露堂さん
>見性とは自性を自覚することで、対境をどうのこうのではありませんからね。
まことにそのとおり。
なにごとも気づかず幻覚を見るのが見性ではござらん。
幻覚はただの幻覚。
光るものを見たとしてもただの幻覚。
それ以上の意味はござらん。

>>321
>この公案に真剣に取り組んだ結果、自己が清算され、経験外の超経験世界を体験し、さらにその見解(けんげ)を示すものです
まことにそのとおり。
それが見性というもの。

336 :300:04/06/23 02:53 ID:gKSEsH4w
>露堂さん
これまでの失礼お詫びします。

337 :300:04/06/23 03:02 ID:t9jhsEQ4
これまでの失礼とは>>33>>34のことです。

338 :露堂:04/06/23 08:50 ID:Prak4WY7
>>323
>差別したでしょう?
どうもあなたはそういう曲がって解釈し下世話な話に落ち入るのですね。
わたしはそんなことで差別はしませんよ。

>ほどなく、隻手の公案を通過しました。
あなたはかって、師家につくこともなく、片手の公案に、30過ぎた頃、取り組みましたぁ〜
だから、無の公案は、通っていませんと言っていませんでしたか。なぜこのようなウソをつくのですか。
隻手の公案を通過するには師家にその見解を示すものですよ。師家についていないものがなぜ透過するのですか。
あなたの独覚ですか。
それにあなたの発言内容から見て透過したとは思えませんね。

>露堂さん、おひとりの答えをください。
>学んだ答えの引き写しではない、あなたの言葉で。
わたしは理屈や知識だけの何の体験の裏づけのないことは話せません。
どなたかのように浅薄な知識を開けだすことはしたくありません。

>露堂 さん いつのまにやら 禅の 専売特許を持ってるのは 俺だけだ!えっへん!とでも、言ってるような感じがしてらっしゃるんですよね。
こういうのを下衆の勘ぐりとでもいうのでしょうか、まったくアホくさくなりますな。
ここの住人のなかには私以上の力量をお持ちな方がいらっしゃいますよ。
ただこういう禅をよくわかった方は私のように愚かにもペラペラしゃべらないだけですよ。
たまにそういう方からお小言をいただきますがね。



339 :露堂:04/06/23 09:33 ID:Prak4WY7
>>336
いえいえ、まだまだ未熟者ゆえ、こちらこそよろしくお願いします。


340 :露堂:04/06/23 10:05 ID:Prak4WY7
>>325
>見性 のあとは、何の不思議な事はないのが、世界だと、分かりました。
>それがどうした

よく聞く言葉に、見性しても何もかわらない、と言いますが、それをそのまま鵜呑みにしてはいけません。
本人がそのように思えるのならまったく偽の見性と言わざるをえないでしょう。
他人からみればたしかに見性の前も後もなんら変わらない行為に写るでしょう。
しかし見性した本人には同じ行為でもまったく別な心境での行為です。
我のあるままの行為と自性が明らかになったあとの無我の行為では、それは天と地ほどに違うものです。
一つ一つが仏作仏行となって自然と威厳がにじみ出てくるものです。
ですから便所掃除などは新参者には任せられません。いやいや遣られたら掃除にはなりませんからね。
仕事するにも功利心などは清算してしまいますから迫力がでて本物になってきます。
また余計な心労がないので疲れ方がまことに少なく、体力も2、3日の徹夜などなんともなくなります。
こういったことは本人しか分からないことです。


341 :カンケツシ:04/06/23 10:42 ID:uXdsP/L7
見性とは本来の己を見ること、まあ簡単に言えば自分は馬鹿な人間でエゴの塊だと悟る事で。
あ!分かったとか見えたとか、そういうものではなく無能な自分は色々な人達や物、世界に助けられて
生きていると感ずること。過去、現在、未来、天の果てから地の果てまでの中での自分の存在を感じる事を見性と言う。
見性を得た人は自分の醜いエゴを受け入れる事ができ、どんなものにもおおらかに接する事が出来、
どんな事にも前向きに取り組む事が可能となる。まさに人として生きれる喜びに満ちた生活が出来る。
どんなものにもポジティブに生きれれば目標に向かって努力が続くと言う事。
夢話のような見性などはありません。見性をしたからと言って何も変わらないただ人として優しくなれて
努力家であり不満不平を言わず、露堂さんと同じで見性を得た人にしか分からないものです。


342 :名無しさん@3周年:04/06/23 13:22 ID:HuuLet0s
手ならひは 坂に車を押す如し 油断をすれば後に戻るぞ。

343 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 13:54 ID:gTRLYDeU
>>334
> >>330,331
> B64:
> jE6CzZRujq2CqYFIioWBSYFJgUCL8IKpjtKC34FJgUk=

また、気づく事があれば、どしどし、カキコ、お願いします。


344 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 14:58 ID:gTRLYDeU
>>335  300さん
きんいろの光を見たのは、見性の前だったんですが、それを見た事が、見性であるとか、どうだとか言ってませんよ。
できるだけ、丁寧に、その時は、どんなだったかを言おうとしているだけ なんですが。
丁寧が、あだとなって その手前で理解を止めているね。
考えて見ます。


345 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 15:05 ID:gTRLYDeU
>>338  露堂 さん

問う 仏法 西来意!

346 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 15:08 ID:gTRLYDeU
>>340 露堂 さん
先入観を無くして、聞いててください。
そうすれば、見えてくるものも、あるでしょう。



347 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 15:17 ID:gTRLYDeU
>>341  カンケツシ さん
> 見性とは本来の己を見ること、まあ簡単に言えば自分は馬鹿な人間でエゴの塊だと悟る事で。

浄土宗的見解でしょうか?

天狗禅 とでも言えばいいのでしょうか、名に宗にかかわらず、独善に 陥りやすいですよね。

露堂さんが、そうだとは  言いませんが 他社を下に見ている節があります。

そこを、言っています。

348 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 15:21 ID:gTRLYDeU
>>342
> 手ならひは 坂に車を押す如し 油断をすれば後に戻るぞ。

努力、と言う事を おっしゃりたいのでしょうね。
今風に言えば、
「継続は ちから なり」 でしょうか。

また、思いつかれたら、カキコ お願いします。m(_ _)mペコリ

349 :露堂:04/06/23 15:37 ID:bcUchfBN
>>344
ああいえばこういう態で、見苦しいですね。

>>345
禅の本から引っ張り出してきた古臭い公案でしょうが、
あなたは私の師家でも弟子でもなく、そういう失礼な質問の仕方には答える義務はありません。
人に訊くのではなく、ご自分の公案として粘提しなさい。
そして本に頼るのではなく、もっと自分の心を究明しなさい。

>>346
もともと先入観も後入観ももたないつもりです。
即今、目前、聴法底ですよ。







350 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 16:33 ID:gTRLYDeU
>>349  露堂 さん
> ああいえばこういう態で、見苦しいですね。
たしかに、カラスは カーカー とは 鳴いていませんよね。
それが分かるのは、聞く耳を持っていると 言う事では、ないでしょうか?

問う 仏法 西来意!
行雲流水の身となり、乞食【乞食】の修行をしながら、ちからのある師家を求めて、行脚する際の、第一刀め の問いです。
これは、禅者が 悟りとは何ぞや ! と 師家に問う 常套句 とでも言えばいいのでしょうか。そういうものです。
ですから、時によっては、師家と旅の僧とが、逆転する事も、あるそうです。

わたしのほうでは、露堂さんを見放したりはしませんから、も少し、お話しを続けていきましょう。


351 :マンゴー先生:04/06/23 18:13 ID:MTGW/dUk
>>340
私、えらい疲れやすいんですけど、偽者ですかね?
本人にしか分からないというのは、まさにその通りだと思います。
では禅のお師匠さまは、一体どうやって判断して印可を渡されるのでしょうか。
私は公案とかしたことないのですが、私も印可が欲しいです。
ちょっと考えてみました。
隻手の音声を聴いてこい→聴かずとも春はくるわい!
こんなんで印可もらえますか?
露堂さんは、なんて言って印可をもらったのですか?是非教えて下さい。

352 :マンゴー先生:04/06/23 18:20 ID:poZ3fUCf
>>341
生かされているって感覚ありますよね。
私が思うに、この「生かされている」という感覚を説明させたら、
見性してるかどうかが分かるんじゃないかしら。

353 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 19:23 ID:gTRLYDeU
>>351
マンゴー先生

不思議ですね。
お話しが、こころに、しみてきます。
お会いした頃もないんですが、すべて、受け取らせていただきました。
手を合わせて、お話しを聞いています。

それでは、こう云いましょう。
「犬は 東に 顔を向けると 尾は 西を指している」・・・何の不思議もないけれど

354 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 19:57 ID:gTRLYDeU
>>338 露堂 さん

> あなたはかって、師家につくこともなく、片手の公案に、「30過ぎた頃、取り組みましたぁ〜」
> だが、無の公案は、通っていませんと言っていませんでしたか。なぜこのようなウソをつくのですか。 隻手の公案を通過するには師家にその見解を示すものですよ。師家についていないものがなぜ透過するのですか。
> あなたの独覚ですか。それにあなたの発言内容から見て透過したとは思えませんね。

あの、独覚の説明をしてみます。
お釈迦様が生きていらした時代の事です。
一人、森に住み、人との接触も避けて、生きてそして死んでいく人です。
もちろん、悟りを開いている人です。
悟りをひらいて、人との接触を避けて、森の奥深く、住んでる人のことです。
お釈迦様も、お悟りのすぐは、この法は 難解(なんげ)と思われ、説法をあきらめました。
しかし、とそつてんの勧進によって、やっと、初転法輪に至るのです。

あは の場合 独覚と言っているのは、スレをひらいていただいている、南予さんのように、師家のもとで、修行していない事への、なんとなくの、気後れでしょうね。


> >露堂さん、おひとりの答えをください。
> >学んだ答えの引き写しではない、あなたの言葉で。

大悟なされば、師家からも、手垢のついてない 心境を 聞かれるんじゃないでしょうか?

355 :マンゴー先生:04/06/23 20:19 ID:BBnXP/3W
>>341
>過去、現在、未来、天の果てから地の果てまでの中での自分の存在を感じる事を見性と言う。

何度読んでもここの部分、とってもよいですね。
自己の存在に対する大いなる安心感。
だからこそどんなエゴもどんな人も受け入れられる。
もうそんなにかたくなに自分を守ろうとしなくてもいいんだね。

356 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 20:50 ID:gTRLYDeU
>>355  マンゴー先生  さん

>   >過去、現在、未来、天の果てから地の果てまでの中での自分の存在を感じる事を見性と言う。
> 何度読んでもここの部分、とってもよいですね。

  ↑  禿同!

→ 「感じる事を」 は  → 「観じる事を」 ですよね。誤変換でしょうね。

357 :名無しさん@3周年:04/06/23 21:48 ID:Qo7jd8Fo
もうだめぽ

358 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/23 23:20 ID:gTRLYDeU
>>357 さん

> もうだめぽ

どうしましたか?
お話し、聞かせてください。

359 :300:04/06/24 02:43 ID:SJH9DDNA
どうしたもんかいのう。
>私は公案とかしたことないのですが、私も印可が欲しいです。
全てを掛けて求めよ。しかし、印可がほしいという動機じゃ弱すぎるな。
だいたい印可をもらってどうするんじゃ。

>たしかに、カラスは カーカー とは 鳴いていませんよね。
いったい誰がカラスの話をしとるんだ?
誰もカラスの話をしてないだろうに。
>それが分かるのは、聞く耳を持っていると 言う事では、ないでしょうか?
いいや、何回言われても聞こえないつんぼだな。
おまえさんの心を解明しないと何も進みはせんのだ。
>露堂さんを見放したりはしませんから
師家でもないおまえさんが見守ってどうする?

>過去、現在、未来、天の果てから地の果てまでの中での自分の存在を感じる事を見性と言う。
気持ちよく何か感じているんだろうけど、せっかくこのスレを見ているのだから、 説明しておくか。
だいたい、なぜ、過去、現在、未来の3つに分ける?
もともと分かれていないものを、わざわざ分けてどうするのだ。
現在だけで充分だろう。
天の果てから地の果てまで・・・
そんな遠くを見なくても「ここ」だけで充分だろう。
自分の存在を感じる?わざわざ見性しなくても感じるだろうに。
自性を追い求めよ。

360 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/24 03:15 ID:Z4U7Mb/1
>>359 300 さん

>   >私は公案とかしたことないのですが、私も印可が欲しいです。
> だいたい印可をもらってどうするんじゃ。
→ ゴーマン先生は そう書いてあっても それでも 欲しいとは、言ってませんよ。 この部分は、一寸 はすに構えて、言ってるんだよ。
>  >たしかに、カラスは カーカー とは 鳴いていませんよね。
> 誰もカラスの話をしてないだろうに。
→カラスの鳴き声を、じっと耳を澄まして、聞いたことありますか? カーカー、とは鳴いてないんですよ。
先入観、固定観念でしょうね。通念 ともいえるでしょうか。
ですから、からすの鳴き声をカーカーと鳴いていないと認識できる呈の人、ならば、から酢だけでなく、人間の言ってることも、固定観念 なしに聞いてほしいものだと言ってます。
> 師家でもないおまえさんが見守ってどうする?
生きとし生けるもの同志、とでも言えばいいでしょうか。
>  >過去、現在、未来、天の果てから地の果てまでの中での自分の存在を感じる事を見性と言う。
> だいたい、なぜ、過去、現在、未来の3つに分ける?
この点は、教えていただきました。ありがとうございます。m(_ _)mペコリ

361 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/24 03:19 ID:Z4U7Mb/1
>>360
↑  改行  多すぎ でエラーになってしまったので、読みにくくなりました、申し訳ない <all

362 :名無しさん@3周年:04/06/24 12:36 ID:AnBcesnV
http://etc2.2ch.net/test/read.cgi/psy/1086531731/144-154

363 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/24 12:49 ID:Z4U7Mb/1
>>362
nV さん 

(^-^)/ドモ〜♪

364 :名無し3周年:04/06/24 17:41 ID:fFkeJZUR
皆さん始めましてよろしく、興味深くロムさせて頂いてます。

>>341 名前:カンケツシさん

私は精神世界に興味があり、このスレが気にいりロムらして貰ってたのですが
禅は正直いって一般常識程度しか知識がありませんので

カキコミは遠慮しとこうと思ってましたがカンケツシさんのカキコミが
心の琴線に響き、一休さんとか、良寛さんを連想しました。

見性についての見解は、正、不正、門外漢で分かりませんが
少なくとも人間としての生き方としては素晴らしい表現と思います。

もしよろしければ私の友人にもカンケツシさんのカキコミ紹介させて
貰えたらうれしいのですが、お許しいただけませんでしょうか?





365 :マンゴー先生:04/06/24 17:45 ID:9yZKeSpw
>>359
300さん、かまってくれてありがとうございます。
やはり人間無視されるのが一番つらいですからね。
根本的な存在不安。
さらに人から認めてもらえると、幸せな気分になります。
人から必要とされると、もっと幸せな気分になります。
人間って単純ですね。

>だいたい、なぜ、過去、現在、未来の3つに分ける?
>もともと分かれていないものを、わざわざ分けてどうするのだ。
>現在だけで充分だろう。
>天の果てから地の果てまで・・・
>そんな遠くを見なくても「ここ」だけで充分だろう。

永遠の今という一瞬の中に過去、現在、未来の全てが含まれているという感覚。
地球の裏側で起こっている出来事もまた、私を構成しているという感覚。
実際に遠くのことが見えている訳ではないんですけど、視野が広がる感覚があるんですよね。
多分体験的には300さんと似たようなもののはずなんですけど、それを言葉にしようとすると
今までの人生で作られたフレームのせいで、全然別の表現になってしまう。
もちろんカンケツシさんの表現もまた、私とは別の感覚を表そうとしているのかもしれません
し、人の心はどこまでいっても分かりませんね。
犀の角のようにひとり行け!


366 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/24 18:39 ID:Z4U7Mb/1
>>364 JZUR さん

はつよろ〜
道 半ばのもの達が、ここに集まっています。
たぶん、カンケツシ さんも快諾されるんじゃないでしょうか。

367 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/24 19:05 ID:Z4U7Mb/1
>>365
マンゴー先生

「犀の角のように」

スッタニパータの 犀の角のおしえ は 好きな句です。

イエスは、「わたしの教えは、行く先々の人々から、絶えられない迫害を受ける。だから、この道は、ふたりで行きなさい」と、弟子たちに愛を示しました。

お釈迦様は、「わたしの教えは、やさしい。 行く先々で、歓迎される、 だから、二人して行くな、ひとり、行け」と、教えました。

「犀の角のように ただ独り 歩め」
と言う教えは、大切に しています。

368 :マンゴー先生:04/06/24 20:19 ID:rf2Zddsq
>>367
あはさんとは気が合うのかしらね。
ただ教えの解釈は私と違うようです。
私は「自らの心を見よ」という意味で捉えています。自灯明ですね。
これは禅にも通じるのでは。
ちなみにスッタニパータで私が最も好きな句は、

「あらゆる生きものはこころ幸せなものであれよ」

369 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/24 22:15 ID:Z4U7Mb/1
>>368 マンゴー先生

> あはさんとは気が合うのかしらね。
2ちゃんに来て、禅の話を、こんなに、ストーレートに 話せたのは、初めてです。
すなおに、こころが、伝わってきます。

> ただ教えの解釈は私と違うようです。
> 私は「自らの心を見よ」という意味で捉えています。自灯明ですね。
> これは禅にも通じるのでは。
それは、禅の師匠方の言葉が、語られる実体験の違いで お一人ずつ、語り口が違うのに、似てませんか?

> ちなみにスッタニパータで私が最も好きな句は、
> 「あらゆる生きものはこころ幸せなものであれよ」
一四六,一四七
いかなる生き物生類であっても、怯えているものでも、強剛なものでも、悉く、長いものでも、大きなものでも、中くらいなものでも、短いものでも、粗大なものでも、

目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、

一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。

いい こころの言葉、ですね。
くり返し、読んでいます。


370 :名無しさん@3周年:04/06/25 01:44 ID:vitxUef9
>例の彼女との会話の中で、
>ほんとに、棒で、なぐられたかのような、きっかけがありました。
>それから、しばらくは、きんいろの炎が、立ち上がるのを見ていました。
>ほどなく、隻手の公案を通過しました。

いいですね
隻手の音声は、眼耳鼻舌身意全体で聴く真如の声といえます
なぐられたかのようなは、直感智
きんいろの炎は、まさに現成せし、智恵のヴィジュアル化


「一個の原子の中には、宇宙全体の原子と同じ数だけ仏陀が住している」
                       
                                 by 釈迦牟尼


371 :あは氏 パシル ◆FNpT2a5MGA :04/06/25 04:31 ID:T4Dddxfl
>>370 f9 さん
ありがとうございます。

> 隻手の音声は、眼耳鼻舌身意全体で聴く真如の声といえます
> なぐられたかのようなは、直感智
> きんいろの炎は、まさに現成せし、智恵のヴィジュアル化
> 「一個の原子の中には、宇宙全体の原子と同じ数だけ仏陀が住している」
>                                  by 釈迦牟尼

マルコの福音書
4−30〜32
「神の国を、どう説明し、何にたとえたらいいでしょう。そうですね、神の国は、小さなからしの種みたいです。
からしの種は、種の中でも、一番小さいものですが、成長すると、とても大きくなり、鳥が巣を作れるほどになります。


372 :露堂:04/06/25 09:37 ID:6rayx1X4
最近は外出が多くて一昨晩から留守しており、レスできず済みませんでした。

>>351
えらい疲れやすいんでしたら一度医者に診て貰ったらいかがでしょう。
心の疲労は身体の疲労に大変影響するものだと実感しています。
問答は室外不出なので残念ですがお話できないのですよ。それに下にもお答えをかいておきますね。

>>354
師家に見解を示すときは当然手垢のついてない自身のものなんですね。
その見解を訊いてどうするんですか。ものまねしても何の役にも立ちませんよ。
359さんも仰っているようにまず貴方の自性を明らかにすることですね。
それでないと隻手の音声や無字は透過できませんね。

>>370
>隻手の音声は、眼耳鼻舌身意全体で聴く真如の声といえます
>なぐられたかのようなは、直感智
>きんいろの炎は、まさに現成せし、智恵のヴィジュアル

こういう方の集まるスレになってしまいましたね(自己レスかな?)(笑
         ・
         ・
         ・

その他、だいぶスレも違った方向に行っているようですね。
この辺で暫くお休みしましょうかね。



373 :名無しさん@3周年:04/06/25 10:09 ID:2ZP6Wleg
最近 三十路近くなってきて学生の時に読んだ ダライ ラマの
仏教入門がやっと理解できるようになってきました>
人生の四締帯?でしたっけ よく字を憶えてないんですが
人間の一生は苦しみに満ちているって感じなんですが
本当に人の世は苦しみに溢れてます これを乗り越えて生きて
いくのも修行なんでしょうか?それとも仏陀の境地あるいは
悟りの境地を目指すのがよいのでしょうか?
密教に詳しい人宗派を問わず教えてください

374 :名無しさん@3周年:04/06/25 11:28 ID:zALov9qL
ok

375 :名無しさん@3周年:04/06/25 17:26 ID:N9RYKlmU
高度な話題の中、話の腰をおるような内容で申し訳ないですが、
座るとすぐ眠くなってトロトロしてしまいます。
コックリとまではいかないのですが、ボンヤリのまま過ぎてしまいます。
慣れると眠気もなくなるんでしょうか?

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