2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

スッタニパータを読む+ヴィパッサナーを実践する

1 :1 ◆tKBOj.Jcyo :03/12/18 06:59

みんなでスッタニパータを読ませんか?
共通テキストとして中村元訳(ブッダのことば)を推薦します。
みんなが住む街の規模に関わらず比較的購入し易いと思われるからです。

・スッタニパータ
 数多い仏教書のうちで最も古い聖典で、
 後世の仏典に見られる煩瑣(はんさ)な教理は少しもなく、
 人間として正しく生きる道が対話の中で具体的に語られています。

・ヴィパッサナー
 http://www.satisati.jp/index.htm(参考サイト)
 例えば、
 一日中、頭の中で悶々と堂々巡りの思考を繰り返し、それだけで疲労困憊してしまう
 人たちにはまさにうってつけで、この種のストレス打開には極めて有効と思われます。

ルールと注意
・中村元/岩波文庫シリーズの
 「真理のことば(法句経)/感興のことば(ウダーナヴァルカ)」も付け足します。
 中村元/岩波文庫シリーズのその他の書籍に関しては、今回は見送ろうと思います。
・北方仏教、南方仏教、各宗派間での争いは厳禁です。
・どの瞑想法が一番だとかの争いは厳禁です。
・諸処の組織についてのクレームは、甚だスレ違いですので、他のスレへどうぞ。
・荒らしに対しては、諸行無常、一切皆苦の境地でただ観察するのみ。
・このスレにおいて、口だけ大将の説教先生は「空っぽなポッテイラ長老」となります。




2 :1 ◆I8kRFqbI1c :03/12/18 07:00
スッタニパータ/874

「ありのままに想う者でもなく、誤って想う者でもなく、想いなき者でもなく、
 想いを消滅した者でもない。・・・このように理解した者の形態は消滅する。
 けだしひろがりの意識は、想いにもとずいて起こるからである。」

3 :求道者 ◆IHSXPiND6Q :03/12/18 11:29
ニダー

4 :名無しさん@3周年:03/12/18 14:21
スッタニパータをヴィパッサナー瞑想に活かすってこと?
どんな風に活用してるか、説明キボンヌ。

5 :1 ◆I8kRFqbI1c :03/12/18 17:54
>>4

スッタニパータをヴィパッサナーに活かすというよりは、
生き方の両輪になればなぁと。
でも、行動に移すというのはメチャクチャ大変だなぁと...。
「犀の角」あたりを読むと特にですね...

6 :名無しさん@3周年:03/12/18 21:04
>>5
> 「犀の角」あたりを読むと特にですね...

そうかい? たとえばどんなこと?


7 :名無しさん@3周年:03/12/18 21:27
1さん<絡まれる予感

8 :名無しさん@3周年:03/12/18 22:30
コンビニでバイトしてたとき妙に絡んでくる客がいた ストレスはさ〜んデツネ

9 :千里 万里:03/12/19 00:46
1さん<とにかく1/3か、いや半分でも、いい。スッタ引用作戦でGO! GO! GO! 

10 :名無しさん@3周年:03/12/19 11:10
他人に教えるとおりに、自分でも行え---。
自分をよくととのえた人こそ、他人をととのえるであろう。
自己は実に制し難い。

             真理のことば/ダンマパダ159

11 :カラミ:03/12/19 11:34
おい。ちょっと絡まれたくらいで、ぶつぶつゆうとったら、あかん。
そんな上品なことで、実践なんてできん。まあ内輪でコソコソやる
分にはそれでいいだろうが。コソコソ仏教なんて、何にもならん。
いろんな人間のいろんな考えと意見を交えてこそ、実践というもんだ。
 わかったか?


12 :名無しさん@3周年:03/12/19 11:39
この関連スレでさんざん書き込んでる者ですが、中村先生の訳書で仏教教理はいいとして、ヴィパッサナー実践のほうはどうします?
地橋さんのページだけ参考にされてもちょっと・・・。

俺としては春秋社の「呼吸による癒し」を加えたほうが(・∀・)イイ!!とおもいます。

13 :カラミ:03/12/19 11:46
そう中村先生だめ。あれはご立派な学者。権威だし、立派な飾り物だし、尊敬したり
尊重する分にはいいが、実践とはだいぶ違うな。


14 :名無しさん@3周年:03/12/19 13:14
>>カラミ

>>10

15 :カラミ:03/12/19 18:34
>「ありのままに想う者でもなく、誤って想う者でもなく、想いなき者でもなく、
> 想いを消滅した者でもない。・・・このように理解した者の形態は消滅する。
> けだしひろがりの意識は、想いにもとずいて起こるからである。」

意味はなんとなくわかるが、「形態」がピンとこないな。ここがおかしい。
> けだしひろがりの意識は、想いにもとずいて起こるからである。
この訳もちょっとおかしいな。
前後関係がわからんからなんともいえんが。


16 :名無しさん@3周年:03/12/19 19:22
前後関係うんぬんよりも、パーリ文誰か解説してくれや。
漏れはパーリ文わからんから。

17 :名無しさん@3周年:03/12/19 20:04
  _, ,_
( ´_ゝ`)

18 :名無しさん@3周年:03/12/19 20:22
争論を楽しみ、迷妄の性質におおわれている修行僧は、
目ざめた人(ブッダ)の説きたもうた理法を、説明されても理解しない。
 
                        スッタニパータ276

19 :名無しさん@3周年:03/12/19 20:39
この句は前句「どのように修行した者にとって、形態が消滅するのですか?」
という問いを受けてのものなので、その答えはとうぜん修行法についてですね。

そして「形態」はrupa(漢訳では「色」)、意味は「物質、肉体」だそうです。
ですから問いは、「どのように瞑想修行したら物質や肉体を感じなくなるのですか?」
ということですね。

20 :名無しさん@3周年:03/12/19 20:47
>>18
理解しないとダメ?
イスラム教の人は皆だめ?

21 :名無しさん@3周年:03/12/19 21:55
みずから悪をなすならば、みずから汚れ、みずから悪をなさないならば、みずから浄まる。
浄いのも浄くないのも、各自のことがらである。人は他人を浄めることができない。

                          (真理のことば/ダンマパダ165)

22 :名無しさん@3周年:03/12/20 11:33
スッタニパータの中に読みとれるヴィパッサナー関連文?

師は答えた、「アジタよ。世の中におけるあらゆる煩悩の流れをせき止めるものは、
気をつけることである。(気をつけることが)煩悩の流れを防ぎまもるものである、
とわたしは説く。その流れは智慧によって塞がれるであろう。」

                            スッタニパータ1035

23 :名無しさん@3周年:03/12/20 11:35
スッタニパータの中に読みとれるヴィパッサナー関連文?

「アジタよ。そなたが質問したことを、わたしはそなたに語ろう。
識別作用が死滅することによって、名称と形態とが残りなく滅びた場合に、
この名称と形態とが滅びる。」
                         
                         スッタニパータ1037

24 :名無しさん@3周年:03/12/20 11:36
スッタニパータの中に読みとれるヴィパッサナー関連文?

「修行者は諸々の欲望に耽ってはならない。こころが混濁していてはならない。
一切の事物の真相に熟達し、よく気をつけて遍歴せよ。」

                          スッタニパータ1039

25 :名無しさん@3周年:03/12/20 11:44

>「形態」はrupa(漢訳では「色」)、意味は「物質、肉体」

ふむふむ。となると、残りは「名称」が何を表しているのか?だな。

「識別作用」は思考とか解釈とか分析あたりだろうな。

26 :名無しさん@3周年:03/12/20 13:01
・名称 = 名 = 心、精神

・形態 = 色 = 身体、物質

27 :名無しさん@3周年:03/12/20 15:00
欲望をかなえたいと望み貪欲の生じた人が、
もしも欲望をはたすことができなくなるならば、
かれは、矢に射られたかのように、悩み苦しむ。

            スッタニパータ-767-

28 :名無しさん@3周年:03/12/20 16:18
他人を苦しめることによって自分の快楽を求める人は、
怨みの絆にまつわられて、怨みから免れることができない。

            真理のことば(ダンマパダ)291

実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、
ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。
これは永遠の真理である。
              真理のことば(ダンマパダ)5

29 :名無しさん@3周年:03/12/20 21:31
>>22
>煩悩の流れを防ぎまもるもの
これはね、saMvara といってね、禅定法というよりは戒律関係なのよ!

30 :太郎:03/12/21 05:15
関連スレ
テーラワーダ仏教とヴィパッサナー瞑想
1 :Tears :03/09/07 13:02

〜 テーラワーダ仏教 〜
 仏教は、今からおよそ二千五百年前、お釈迦様(釈迦牟尼仏陀)によって始められ、
時代の流れとともに、さまざまな流派に分かれて全世界へと広がってゆきました。
中国・チベット・朝鮮半島や日本には、お釈迦様の死後数百年経って成立した北伝の仏教
(いわゆる大乗仏教)が伝えられました。
一方、スリランカ・タイ・ミャンマーなどの出家教団によって継承されている南伝の仏教を
テーラワーダ仏教と呼びます。
(他に初期仏教・上座仏教・上座部仏教、根本仏教・原始仏教などとも云われます)

テーラワーダ仏教とヴィパッサナー瞑想について
2ちゃんねるらしく忌憚のないコメントお待ちしております。



忌避の意味がわかってないやついたなwwwwwwwwwwwwwwwww

31 :<<太郎:03/12/21 08:35
ほんとだwwwwwwwwwwwwwwwwww

32 :名無しさん@3周年:03/12/21 09:25
泣き悲しんでは、心の安らぎは得られない。
ただかれにはますます苦しみが生じ、身体がやつれるだけである。

スッタニパータ584

33 :名無しさん@3周年:03/12/21 09:39
「一切の形成されたものは無常である」(諸行無常)と
明らかな智慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。
これこそ人が清らかになる道である。

ダンマパダ277

34 :名無しさん@3周年:03/12/21 09:49
ことばを慎み、心を落ち着けて慎み、身に悪を為してはならない。
これらの三つの行いの路を浄くたもつならば、
仙人(仏)の説きたもうた道を克ち得るであろう。

ダンマパダ281

35 :名無しさん@3周年:03/12/21 10:19



・ヴィパッサナー
 あらゆるものをありのままに観るという意味。
 すべてにおいて無常、苦、無我という三相がはっきり分かるように観察すること。

一、敵に追われ 逃げ道があり 逃げん 道の咎めとならん
二、便に汚れ 池があり 洗わん 池の咎めとならん
三、病に患われ 師があり 治を受けん 師の咎めとならん

苦悩より解脱のため 観法があり 実行せん
観法の咎めとならん 貴の咎なり
                       (仏史より)

比丘たちよ、この観法(四念住)は有情(生き物の心身)を清めるため、
心配や悲泣お乗り越えるため、悲しみや憂いを滅ぼすため、
聖なる道を得るため、涅槃を実現させるためのただ唯一の道である。

                            (釈尊)




36 :名無しさん@3周年:03/12/21 12:02
スッタニパータ53

肩がしっかり発育し蓮華のようなみごとな巨大な象は、
その群を離れて、欲するがままに森の中を遊歩する。
そのように、犀の角のようにただ独り歩め。


37 :名無しさん@3周年:03/12/21 19:10
ただのスッタニパータとダンマパダ掲載スレになってきているw・・・

38 :名無しさん@3周年:03/12/21 19:57
「等しい」とか「すぐれている」とか、あるいは「劣っている」とか考える人、
---かれはその思いによって論争するであろう。
しかしそれらの三種に関して動揺しない人、---かれには「等しい」とか、
「すぐれている」とか、(あるいは「劣っている」とか)いう思いは存在しない。

                           スッタニパータ842

39 :名無しさん@3周年:03/12/22 01:13
優れてないと思い知らされた人、が書き込んでいるなら説得力0。
負け犬の遠吠えに近い。
思考が、「優れている>劣っている」 から 「優れている=劣っている」
と変わったとしても
本人が 「後者」の考え方をしない人たちより優れていると勘違いしたなら・・・・。
     

40 :名無しさん@3周年:03/12/22 09:53
貪欲と嫌悪とは自身から生ずる。好き嫌いと身の毛のよだつこととは、
自身から生ずる。諸々の妄想は、自身から生じて心を投げうつ、
---あたかもこどもらが鳥を投げ捨てるように。

スッタニパータ<271>

41 :名無しさん@3周年:03/12/22 11:08

遠ざかり離れる味と平安となる味とを味わって、
法の喜びの味を味わっている人は、苦悩を離れ、悪を離れている。

                    スッタニパータ@257

42 :名無しさん@3周年:03/12/22 11:37


「これは執着である。ここには楽しみは少なく、快い味わいも少なくて、苦しみが多い。
 これは魚を釣る釣り針である」と知って、賢者は、犀の角のようにただ独り歩め。

                                スッタニパータ61


以前に経験した楽しみと苦しみとを擲ち、また快さと憂いとを擲って、
清らかな平成と安らいとを得て、犀の角のようにただ独り歩め。

                       スッタニパータ67



43 :名無しさん@3周年:03/12/22 15:00
pu

44 :名無しさん@3周年:03/12/22 15:58
スッタニ   プ

45 :名無しさん@3周年:03/12/22 17:30
読んでどうするんだか。自分の歩む道は正しいと思い込みたいのだろうか。

46 :あいこ:03/12/22 19:15
>>45
> 読んでどうするんだか。自分の歩む道は正しいと思い込みたいのだろうか。
 
 おまえはなんーーーーんもかんじないか?


47 :名無しさん@3周年:03/12/22 19:20
読みたければ本を買って読めばいい。
スレ立てて、ひたすら本の引用して・・・何が望みなんだ?
聖典を引用して口移しに唱えていれば聖者になったような
気分になれるんだろうが・・・そこには何の実体験もない。

48 :あいこ:03/12/22 19:39
>>47
> 気分になれるんだろうが・・・そこには何の実体験もない。

 おまえの実体験を聞かせろ。



49 :45:03/12/23 02:52
>>46
つまらない。
感じ入るものではない。

50 :名無しさん@3周年:03/12/23 06:50
悪いことをするよりは、何もしないほうがよい。
悪いことをすれば、後で悔いる。
単に何かの行為をするよりは、善いことをするようがよい。
なしおわって、後で悔いがない。

                    ダンマパダ314

51 :名無しさん@3周年:03/12/23 06:57
なすべきことを、なおざりにし、なすべからざることをなす、
遊びたわむれ放逸なる者どもには、汚れが増す。

                     ダンマパダ292

52 :名無しさん@3周年:03/12/23 07:08
妄執から憂いが生じ、妄執から恐れが生じる。
妄執を離れたならば、憂いは存しない。
どうして恐れることがあろうか。

              ダンマパダ216

53 :実行委員長:03/12/23 07:12
聖者になる方法。上顎に舌をつける。食事の摂生、
これは、止息法の入り口なのか?

54 :名無しさん@3周年:03/12/23 07:23
>>53
舌舐上顎・・・止息法とは聞きなれないが、周天法の事じゃろか。

55 :名無しさん@3周年:03/12/23 07:24
>>53

止息法の話は止息法スレへ
「止息法について 」
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1068911073/l50

56 :名無しさん@3周年:03/12/23 07:33
わがものとして執着したものを貪り求める人々は、
憂いと悲しみとものおしみとを捨てることがない。
それ故に諸々の聖者は、所有を捨てて行なって安穏を見たのである。

                      スッタニパータ809

57 :名無しさん@3周年:03/12/23 07:42
「世人は歓喜に束縛されている。
 思わくが世人をあれこれ行動させるものである。
 妄執を断ずることによって安らぎがあると言われる。」

                 スッタニパータ1109

58 :名無しさん@3周年:03/12/23 07:49
他人からことばで警告されたときには、心を落ち着けて感謝せよ。
ともに修行する人々に対する荒んだ心を絶て。善いことばを発せよ。
その時にふさわしくないことばを発してはならない。
人々をそしることを思ってはならぬ。

                      スッタニパータ973

59 :名無しさん@3周年:03/12/23 08:01
金の細工人がみごとに仕上げた二つの輝く黄金の腕輪を、
一つの腕にはめれば、ふつかり合う。
それを見て、犀の角のようにただ独り歩め。

                 スッタニパータ84

60 :名無しさん@3周年:03/12/23 10:06
或るものを、ああだろう、こうだろう、と考えても、
そのものはそれとは異なったものとなる。
何となれば、その(愚者の)その(考え)は虚妄なのである。
過ぎ去るものは虚妄なるものであるから。

                   スッタニパータ757

61 :名無しさん@3周年:03/12/23 10:37

ヴィパッサナーは“今という瞬間に完全に注意を集中する”実践です。
何をしていても、“今・ここの自分に気づいていく”こと。
それが、ヴィパサナーです。自分を客観的に“よく観る”のです。

今ここの一つ一つの瞬間に意識を向ける。心地よいことでも不快なことでも、
ありのままの体験を価値判断しないで、そのまま観るのです。
葛藤をシャットアウトしたり、コントロールしようとして新たな問題を作るのではなく、
ただ気づくだけ。それが観るということです。それが苦悩を超える道です。
安らぎが訪れ、心と体を癒すことになるのです。
波立っている水面が穏やかになってすべてを映し出すように、
深い智慧と洞察力が生まれてくるのです。

私たちの日常生活のあり方は、すぐ評価を下したり、防御や攻撃をしたり、
落ち込んだり舞い上がったり、無意識のうちに自動的に反応しています。
私たちは、その自動反応に莫大なエネルギーを使い、
心はあちこちさ迷って思考や幻想の中を漂っています。

ヴィパッサナーはいつでもどこでも実践できます。
今ここの動作、行動、感情に気づいているかどうか、それだけのことです。
私たちは、ちょっとしたことで感動したり、悲しくなったり、
暗くなったりしてしまいますが、
このまだ育っていない子供のような心は成長できるはずです。

ヴィパッサナーをしていると、人からなんと言われようと、
誉められようとけなされようと、心の中に感情の波は起こらない。
そういう落ち着いた心が出てきます。


62 :あいこ:03/12/23 12:13
>>49
> つまらない。
> 感じ入るものではない。

 脳みその勃起不全、そのた不感症あり。
ふふ。



63 :45:03/12/23 13:23
>>62
決めつけんな 変態

64 :あいこ:03/12/23 13:32
>>63
> >>62
> 決めつけんな 変態

 「犀の角のイメージ」 これが大事。
Kはトラを描写していてこれも、すごく良かった。


65 :名無しさん@3周年:03/12/23 14:40
「犀の角」っていう言い方がもうそそり勃つアレを連想させる隠語だよね。
こんな具合に仏典にはさまざまな性的メタファーが隠されている。

66 :45:03/12/23 15:38
>>65
そんなこと普通連想しない

67 :名無しさん@3周年:03/12/23 18:22
>>66
そう思うなら犀(あるいはそそり勃つアレ)を見たことない人か、
あるいは単に偽善者ぶってるだけだよ。
仏典には他にも「蛇の章」とかあるんだけど、この「脱皮する蛇」も
明らかに「包被りからズル剥けへと脱皮する陰茎」を連想させる
性的メタファーなんだけどね。

68 :名無しさん@3周年:03/12/23 19:30

道に違うたことになじみ、道に順ったことにいそしまず、
目的を捨てて快いことだけを取る人は、
みずからの道に沿って進む者を羨むに至るであろう。

                  ダンマパタ@209

69 :名無しさん@3周年:03/12/23 19:46
★9
★★★クリスマス★★★
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=psy&key=1050500725&st=110&to=115&nofirst=true
★h

70 :名無しさん@3周年:03/12/23 19:53
或る人が、たとい博学であっても、徳行に専念していないならば、
世の人々はかれを徳行の点で非難する。
その人の学問は完全に身に具わっているのではない。

                     ウダーナヴァルガ/7


或る人が、たとい学問は僅かであっても、徳行によく専念しているならば、
世の人々は、徳行についてかれを称賛する。
その人の学問は完全に身に具わっているのである。

                        ウダーナヴァルガ/8

71 :45:03/12/24 00:28
>>67
全部妄想だな。変態が。

72 :ヴィパッサナーの進行度チェック「七覚子シチカクシ」:03/12/24 13:53

1.念の覚子
・気づいて観察できるか?

2.択法チャクホウの覚子
・より明確に観察すること。
・無常である、苦である、無我であるを実感。

〜〜〜〜〜〜〜 一般的なドロップアウトゾーン 〜〜〜〜〜〜〜〜
2が踏ん張り所なのだが、踏ん張れずに終了する。
自分で自分に対し、自分の未熟さを誤魔化す為に否定派に変身する。

3.精進の覚子
・いろいろな尺度から、いろいろな角度から、きめ細かく、
 無常であること、苦であることをとことん観察する段階。
 欲を絶って、こんなイヤな命はもう要らない!となるまで精進する。

4.喜の覚子
・非常に落ち着いた喜びが芽生えてくる。世俗的喜びとは質が異なる。
 脱世間が出来ている。「巨乳のオネエサン..はぁはぁ」も消えている。

5.軽安キョウアンの覚子
・この段階に至ると、もう楽に修行ができるのうになっている。

6.安の覚子
・言語での表現を越えてきている。
 意識が決して、あっちこっちに逃げたりせず、一つの対象に止まる。

7.捨の覚子
・何ものにも感情がない。感情というものを涌かさない。
 何事にも動じない。揺れない。左右されない。
 自分はよく修行しているぞ!という感情もない。ただ、冷静に観察できる。

73 :あいこ:03/12/24 16:29
>>72
なんだ、だんだん馬鹿になっていくのか?
どっかまちがってるよ。それは。
それにまず気付きましょ。



74 :名無しさん@3周年:03/12/24 16:40
>>73
ケチだけ付けるならウンコチビリ小僧でも出来るよね。
民主党だって代替案と提示するよ。

75 :あいこ:03/12/24 17:15
>74
 
1.第一段階
・気づいて観察できるか?

2.第二段階
・より明確に観察すること。
・「無常である、苦である、無我である」などの通説の偏見にとらわれない。

3.第三段階
・いろいろな尺度から、いろいろな角度から、きめ細かく、
 通説の矛盾をとことん観察する段階。
 
4.第四段階
・ 仏教やキリスト教の歴史的操作、歪曲が理解できるようになり、
 仏陀やキリストなどの教えの意味が正確に理解できるようになる。
  非常に落ち着いた喜びが芽生えてくる。喜びの質がかわる。
 世間の面白さが本当の意味で理解できる。

5.第五段階
・これ以上の修行は各個人の方法と実践にゆだねられる。
 グループを離れる。グルを離れる。
 
6.補足
 成人がこの修行を行う場合、3ヶ月から6ヶ月を目処とする。
 それ以上はいかなるグループにも依存してはならない。
 自立すること。なぜなら馬鹿になるから。
  



76 :名無しさん@3周年:03/12/24 17:27
その1や2や3の段階を踏まなくても4ヘ逝ってしまっていたのだが(5は最初から入ってないので)

そういう方はかなりの数でいらっしゃると思う

77 :あいこ:03/12/24 17:49
もっといい案だしてくんろ。


78 :72:03/12/24 18:00
>>あいこ

ちゃんと、自分の案を出したとは...内容はどうあれ意外に真人間だったんだな。

なにはともあれ、他に工程例はないのかな?


79 :名無しさん@3周年:03/12/25 12:26
心をまもり、ことばをまもり、身体の動作につねに気をつけている人は、
悩みに出会っても苦しまないであろう。
----真理に安住し、真理を知り、いとも聡明なる人は----。

                       ウダーナヴァルガ@52

80 :名無しさん@3周年:03/12/25 12:31
心をまもらず、邪まな見解に害われ、ものうさと睡眠に打ち克たれた人は、
死神に征服されるに至る。

                       ウダーナヴァルガ@心53

81 :名無しさん@3周年:03/12/25 21:45
諸々の友人に対して、実行がともなわないのに、
ことばだけ気に入ることを言う人は、
「言うだけで実行しない人」であると、
賢者たちは知りぬいている。
             スッタニパータ254

82 :名無しさん@3周年:03/12/25 21:49
通路(六つの機官)をまもり、機官にうち勝って行動せよ。
理法のうちに安立し、まっすぐで柔和なことを楽しみ、
執著を去り、あらゆる苦しみを捨てた賢者は、見聞きしたことに汚されない。

                          スッタニパータ250

83 :名無しさん@3周年:03/12/25 23:23
まあ別に無常を観察せずに、永遠なる真我を見出しちゃってもいいんだけど・・・

その場合はブッダダンマを行じているとは言えんわな。

ブッダの教えたヴィパッサナーじゃないよそれは。

84 :名無しさん@3周年:03/12/25 23:41
諸々の愚者に親しまないで、諸々の賢者に親しみ、
尊敬すべき人々を尊敬すること、
---これがこよなき幸せである。

               スッタニパータ259

85 :名無しさん@3周年:03/12/26 04:59

賢者を自ら名乗るところ。アホくさい
そんな格言をセレクションしてる愚者どももダメだ。


86 :名無しさん@3周年:03/12/26 06:56
それにもまして、おまいは。


87 :名無しさん@3周年:03/12/26 08:30
そしておまいも。

88 :名無しさん@3周年:03/12/26 13:27

怒り、驕り、強情、反抗心、偽り、嫉妬、ほら吹くこと、
極端な高慢、不良と交わること、----これがなまぐさである。
肉食することが(なまぐさい)のではない。

                   スッタニパータ245

89 :名無しさん@3周年:03/12/27 22:06
実に或る人々は(誹謗の)ことばに反撥する。
かれら浅はかな小賢しい人々をわれらは称賛しない。
(論争の)執着があちこちから生じて、かれらを束縛し、
かれらはそこでおのが心を遠くへ放ってしまう。

               スッタニパータ@390

90 :名無しさん@3周年:03/12/28 19:14

魚肉、獣肉(を喰わないこと)も、断食も、裸体も、剃髪も、結髪も、
塵垢にまみれることも、荒い鹿の皮(を着ること)も、
火神への献供につとめることも、あるいはまた世の中でなされるような、
不死を得るための苦行も、(ヴェーダの)呪文も、供犠も、祭祀も、
季節の荒行も、それらは、疑惑を越えていなければ、
その人を清めることができない。

                         スッタニパータ249

91 :名無しさん@3周年:03/12/29 07:41
「通説の矛盾を観察する」なんて面倒なことをわざわざやるためには、
「矛盾である」と図れる基準が必要。それは「見」による。
あらゆる「見・ディッティ」は真理を見ることを邪魔するからのちに悪心所と
名づけられた。見には邪も正もない。見はどこまでも見。
たとえば「疑」が本来「何々に対して(たとえばブッダを)疑う」ことを
言うのではなく「疑」という心理そのものを指す。
(実際はブッダを、と考えても同じことですが)これと同じ。
少なくともスッタニパータの中ではブッダはそういう風に言っている。


実際、真理を見るのは「これは矛盾である」とか思考することとは別に
何の関係もない。まったくそうする必要もない。
そうでなければ仏教は正しく伝わりようがない事柄になってしまう。


ちなみに「正見」は正見なんだからすでに何かと比べる必要もない。
疑惑もない。比較(慢)もない。だから見は見解のこと。正見はいわゆる
見解とは違う。



92 :名無しさん@3周年:03/12/29 07:42
真理を見るのには、邪魔になるものと当面役に立つものの二つある。
我々人間には「身体」があってそこに六個の入り口があって、そこに
接触する事柄とそれによって起こるさまざまな「心」のみしか存在して
いない。この心と身体(名色)を一切という。
(そうは思えない、何だそれ?という人がいたら、いったい何がそうでない
のかと今ここで見ることができたら、それは今智慧が生まれた、ちょっとだけ
無明が破られた、という可能性がある。ただし普通はすぐ元に戻る。)

真理を見るのは、この一切の内の思考という働きによって新しく何かを
組み立てることでなく、それらの見をすべて捨てさること。何でかと言うと
何かを計る基準となる「見解」はどこまでも自我です。
しかしそれは錯覚であって、単に自己の見解への執着があるという状態なだけ。
それはそういうシステムであって、ただのシステムなんだから無我でしょ。
それを捨てても何の損害もないというのに、捨てられないのが無明。

さて、ブッダが「目の当たりに体現される」と言うのは、たぶんこういうこと
でしょう。

93 :名無しさん@3周年:03/12/29 15:53

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

              平家物語


ゆく川の流れは絶えずして、然も元の水にあらず
               
                   方丈記





94 :名無しさん@3周年:03/12/29 16:50
ヽ('ー`;)ノ

95 :あいこ:03/12/29 22:31
>91
へ理屈にしてはよく言えた。ぱちぱち。
面倒なことをわざわざやるとみるのは、見。
面倒なことを平然とするのが仏陀。
真理の前には「面倒」だとか「正見」だとかのゴタクもない。
「ゴタクもない」がゴタクを言う。
これを色即是空、空即是色という。
「わけわからん」ともいう。
 真理が思考と何の関係もないものなら、それを見るには、
「役に立つもの 邪魔になるものがある」などということはない。
「一切が役に立つか立たないか」でさえもない。
これを「ありえない」という。


96 :名無しさん@3周年:03/12/30 16:28
ヴィパッサナー
あらゆるものをありのままに観るという意味。
すべてにおいて無常、苦、無我という三相がはっきり分かるように観察すること。

結局、生滅し続ける精神と物質の集まりに過ぎない。
どこに確固とした実体があろうか。確固とした自我とは何処にあるのか?
皮膚は新陳代謝をし、骨は年々密度が減り細くなる。
DNAには自己崩壊情報が組み込まれている。100%のDNAコピーも無い。
昨日は笑っていたが、今日は泣いている。
生身である脳の状態が変われば、感情も考えも気持ちも変わる。

時間は一方向にだけへ絶えず流れていき、人が若返ることはない。
老化の先には100%の死が待ち受けている。
この今にも一秒一秒死が近づいている。生まれ落ちた瞬間から苦が始まっている。

自殺を求め、入水しても助けの手をさしのべられると必ず手を握り返すという。
確かに意識は死を求めていたが、自分の全てが死を求めていた訳ではない。
つまり人間は生きていたいという作りになっている。
しかし、刻々と死への時間が近づいている。決して時間は逆行しない。苦なのである。

昼には笑っていたが、夜、就寝中に火事に巻き込まれ死ぬかもしれない。
明日の朝には、通勤中、交通事故に巻き込まれ死ぬかもしれない。
いったい、どれほどの残り時間が残されているのであろうか。

人は必ず死ぬ。生を持った限り必ず死ぬ。一期一会は素晴らしい。



97 :名無しさん@3周年:03/12/30 16:46

あれ程、好きだった人なのに、今はどうだ...。
隣で同じ空気を吸っているだけでイライラしてくる。
目障りで疎ましい。
快感には耐性が生まれる。苦には耐性が生まれないが、快感には耐性が生まれる。
この味には飽きが来る。あの味を求めたくなる。あの味にも飽きが来る。
際限の無い繰り返しである。まして、その都度、欲求が叶う約束も無い。


本当の幸せとは何なのだろうか...。平静さではないだろうか...。寂静ではないか...。

98 :名無しさん@3周年:03/12/30 16:59


 ・諸行無常、諸法無我、一切皆苦、涅槃寂静。
 ・人は皆、自分が可愛い。



99 :名無しさん@3周年:03/12/30 17:21

自我が強ければ強いほど、自分が可愛いとなる。
自分が過度に可愛いとなれば、自己中心となる。
自己中心は諸悪の根源となる。自我は諸悪の根源ともなる。
自我が希薄になれば、欲求も希薄になる。
無常であること、無我であることを身体全体で知るしかない。
ヴィパッサナーで知るしかない。
釈尊や阿羅漢たちが、実践したヴィパッサナーで体得するしかない。
行学不兼備に行き詰まりが訪れるのは、当然である。
仏教において、「空っぽなポッテイラ長老」ではしょうがない。
浜サーファーには、サーフィンの全てを語ることは出来ないのである。


100 :名無しさん@3周年:03/12/30 17:37


林の中で、縛られていない鹿が食物を求めて欲するところに赴くように、
聡明な人は独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。

                        スッタニパータ39

肩がしっかりと発育し蓮華のようにみごとな巨大な象は、
その群を離れて、欲するがままに森の中を遊歩する。
そのように、犀の角のようにただ独り歩め。

                スッタニパータ53

音声に驚かない獅子のように、網にとらえられない風のように、
水に汚されない蓮のように、犀の角のようにただ独り歩め。

                    スッタニパータ71




101 :あいこ:04/01/01 21:33
>>97
> 本当の幸せとは何なのだろうか...。平静さではないだろうか...。寂静ではないか...。

「本当の」をたった一つのことに求めることは、できる?
ひとつひとつのことがすべて本当のこと。
静寂も歓喜も、動揺も羞恥も、死も愛も。幸せには全部含まれているとおもう。

それでも、あえて「本当の」を求める。信仰あつきものたち。
そのものたちを静かにしておいてあげよう。



102 :名無しさん@3周年:04/01/03 19:16
keep

103 :名無しさん@3周年:04/01/04 06:07


目耳鼻舌身意に入る情報は色声香味触法です。意の対象は法です。
意根であるものも、ないものも、なんでも考えられます。
妄想も幻覚も作ることが出来ます。理論も、思考も妄想も意の対象です。
これら一切をまとめて「法」と言っているのです。
いわゆる、「ものごと」(phenomena)ということでしょう。



104 :名無しさん@3周年:04/01/04 06:17

どんなときでも、知覚なしに私自身をとらえることはけっしてできず、
また、知覚以外のなにかに気づくことはけっしてあり得ない。
そこで、私は次のように確信してもよかろうと思う。
すなわち、人間とは、思いもつかぬ速さでつぎつぎと継起し、たえず変化し、
動き続けるさまざまな知覚の束あるいは集合にほかならぬ、ということである。

                            ロック・ヒューム
                      イギリスの思想家1711〜1776

105 :名無しさん@3周年:04/01/04 06:27

形而上の論争には際限が無い。その間に悩んでいるだけで死んでしまう。
形而上の論争に付き合わず、形而下へシフトし実践に生きた釈尊は賢明だったと思う。


106 :名無しさん@3周年:04/01/04 06:33

「一切の事物は我ならざるものである」(諸法非我)と
明らかな智慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。
これこそ人が清らかになる道である。

                    ダンマパダ(法句経)279

107 :名無しさん@3周年:04/01/07 03:54
スマサナーラハ眉毛を剃らないほうがよかろう
これこそ人が清らかになる道である。

108 :名無しさん@3周年:04/01/07 06:23
スマサナーラ・・・こりはギャグか?正解:スマナサーラ
テーラワーダ仏教協会を
テーラワーダイム協会と間違えた香具師がいた(爆)

109 :名無しさん@3周年:04/01/08 16:56

>>107>>108

スレ違いです。

110 :名無しさん@3周年:04/01/08 18:07
人間には、入力と出力しかない。
で、ラベリングに思考を入れない為にも、こうしてみる。

入力、入力、入力、入力、出力、出力、入力、入力、出入力、入力・・・

どうだろうか?
座って、ヴィパッサナーをする場合にはいいような気がする。

111 :名無しさん@3周年:04/01/10 04:20

自我が強ければ強いほど、自分が可愛いとなる。
自分が過度に可愛いとなれば、自己中心となる。
自己中心は諸悪の根源となる。つまり自我が諸悪の根源とも、なる。
自我が希薄になれば、欲求も希薄になる。
欲求が減れば、それに連動して欲求を源とする悩みも減る。

無常であること、無我であることを身体全体で知るしかない。
ヴィパッサナーで知るしかない。
釈尊や阿羅漢たちが、実践したヴィパッサナーで体得するしかない。

行学不兼備に行き詰まりが訪れるのは、当然である。
仏教において、「空っぽなポッテイラ長老」ではしょうがない。
岡サーファーには、サーフィンの全てを知ることは出来ないのである。




112 :名無しさん@3周年:04/01/10 08:48
>>111
>岡サーファーには、サーフィンの全てを知ることは出来ないのである。

人間が、生涯で体験する事は、サーファーがサーフィンをすることに等
しいと思う。しかし、サーファーと言えど、サーフィンの全てを体得す
ることはできないだろう。

113 :名無しさん@3周年:04/01/10 13:24
>>112
サーファーは、サーフィンについて、
明らかに岡サーファーよりは、造形が深いのでは...。

114 :名無しさん@3周年:04/01/10 20:53
>>113
岡サーファーってさ、要は女にモテタいがために装っている連中の事だよね。
サーファーは波乗り好きで、岡サーファーは女好きなんだよね。

ビパッサナー瞑想者は、ビパッサナー瞑想について、
明かに非ビパッサナー瞑想者よりは造詣が深いと思います。

115 :名無しさん@3周年:04/01/15 11:15
定期age

116 :名無しさん@3周年:04/01/17 19:51
(゚∀゚≡゚∀゚)?
|彡サッ

117 :名無しさん@3周年:04/01/19 12:03

|゚Д゚)<コンチハ
(゚∀゚≡゚∀゚)?
|彡サッ

118 :五円貨:04/01/19 21:42
|゚Д゚)<コンチハ
(゚∀゚≡゚∀゚)?
|彡サッ

サティパッターナ一本やっとく?


119 :素股触裸長老:04/01/19 21:46
おいでませシュリランカーへ

120 :名無しさん@3周年:04/01/22 21:30
私は肉を食べる事に対して罪の意識が低いんですが、
日本人の大部分は肉食べてますよね。
慈悲が足りないのから食べるのでしょうか?
カルマ論は置いといて、執着という考え方からすると

・肉食に執着する。というのがよろしくない。
・肉の脂は続けて食べたいという精神的依存性がでやすい。
上記の理由なのでしょうか?



121 :名無しさん@3周年:04/01/23 14:02
>>120
|゚Д゚)?
(゚∀゚≡゚∀゚)<スレ違いだよ。
|彡サッ

122 :名無しさん@3周年:04/01/23 15:01
クエスチョナー
 毎週、ヴィパッサナ瞑想をやっていると、苦しみというのが減っていくんです。
でも悟るためには一切は苦しみだと知らないといけない。そこに矛盾を感じるんです。

ウ・ジャナカ・セヤドー
 瞑想をやっていると13の段階の洞察を通らなければいけません。
瞑想をする者は3、4段階は苦を通っていかなければなりません。
11番目の洞察を過ぎると、苦はなくなります。
でもあるひとたちは、苦を通して悟りをひらいた方もおります。
でもその場合の苦というのもきついものではなく、
苦痛が出たり無くなったりすることに集中することによって悟るのです。

 私たちの心がある状態に集中しているときだけ、洞察力が生まれて、
ものごとが絶えず変わっていくということが分かります。
それが悟りにつながるのです。




123 :マヂれす:04/01/24 00:07
> 瞑想をやっていると13の段階の洞察を通らなければいけません。

・・・この13 の段階つーのが分りましぇん。アナパナ経だと16段階だし
大念住経の身体の随観だと14種類だし・・・分る香具師情報キボンヌ

124 :名無しさん@3周年:04/01/24 17:51
 ヴィパッサナー瞑想のテキストは、
パーリ語経典の『マハーサティパッターナ・スッタ』
つまり『Mahasatipattana sutta』です。
漢訳で相当するのは『大念住経』『四念処経』。
残念なことに、まだよい日本語訳は無いようです。
コメンタリーとしては英語なのですが、
ベトナム出身の禅僧ティク・ナット・ハン師による
『TRANSFORMATION&HEALING』(Parallax Press)が
分かりやすく絶対おすすめです。

らしいです。

125 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :04/01/24 18:19
>>124
> つまり『Mahasatipattana sutta』です。
> 漢訳で相当するのは『大念住経』『四念処経』。
> 残念なことに、まだよい日本語訳は無いようです。

邦訳は現代文訳なら、以下があります。
http://www.kotobuki-p.co.jp/nakayama/g-menu.html#11
http://www.shunjusha.co.jp/book/11/11222.html

126 :マヂれす:04/01/25 08:04
>124
>125

さっそくに、ありがとね
・・・すかし日本仏教では、この経典はでんでん無視なのか・・
はたまた長い間、知られなかったのだろうか

127 :名無しさん@3周年:04/01/25 17:48
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ


128 :名無しさん@3周年:04/01/28 21:57
|゚Д゚)<オマタセシマシタ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ

129 :名無しさん@3周年:04/01/29 17:10
|゚Д゚)<エッ! イラッシャッタンデスカ?...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ

130 :名無しさん@3周年:04/01/31 19:49
>>127-129
引っ込んでろDQN

131 :名無しさん@3周年:04/02/01 18:53
わりともりあがらないね。ウ長老が亡くなったそうです。

132 :名無しさん@3周年:04/02/01 19:06
精神集中が、悟りへと導くのでしょうか?
クリシュナムルティ的、ラジニーシ的理解では一点に精神集中
するのではなく、あらゆる事象に気づいていることが瞑想だそうです。

133 :合掌:04/02/01 22:54
>>ウ長老が亡くなったそうです。

北九州市・門司の僧院のお坊さまですか?

134 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/02/02 01:50
>>124
『大念住経』の和訳ならパーリ語のCDと一緒に↓から出てるよ。
http://homepage2.nifty.com/dhammapada/
あと『南方仏教基本聖典』中山書房仏書林にも出てるよ。

135 :名無しさん@3周年:04/02/04 22:29
ウって英語じゃMr.  〜氏っていう敬称でしょ?
どちらの長老さんなんでそ・・・・(合掌

136 :名無しさん@3周年:04/02/04 23:02
ウ・ウエープッラ長老でそ
>『南方仏教基本聖典』中山書房仏書林
の著者だたと思う




137 :名無しさん@3周年:04/02/07 01:26
どうも、ありがとうございましたm(_ _)m
↑ のベロ ◆eOod7XM/js さん、ご紹介のHPの下のほうの門司の僧院長さまも
お写真見るとかなりご高齢のようで、暖かい国から来られたお坊さまにとっては
日本の冬は、さぞかしお辛いでしょうねぇ。おカゼなど召しませんように。

138 :名無しさん@3周年:04/02/08 12:35
グリーンヒルが機関紙まとめた大判な本出してました。
ヴィパッサナーの体験談とかがこまめに載ってるからいい感じ。

俺はゴエンカ流が好きでラベリングのマハーシ流ははあまり好まないんだが、
こういう細かいフォローがないのがゴエンカ流の欠点かな。
ホームページもいまいち内容に欠けるし。

139 :名無しさん@3周年:04/02/10 09:32
ご‐うん【五蘊】(旧訳くやくでは五陰ごおん)
〔仏〕(「蘊」は梵語skandha  集合体の意) 現象界の存在の五種の原理。
色しき・受・想・行ぎよう・識の総称で、物質と精神との諸要素を収める。
色は物質および肉体、受は感受作用、想は表象作用、行は意志・記憶など、識は認識作用・意識。
一切存在は五蘊から成り立っており、それ故、無常・無我であると説かれる。
ヴィパッサナーの実践を通して知る。本を読んで理解できるわけではない。


140 :名無しさん@3周年:04/02/10 09:38
>>132
精神集中は、あらゆる瞑想の基礎であり本質ですね。
一点への精神集中から、諸現象全体への精神集中へと広げていかなくてはなりません。
http://www.mag2.com/m/0000124154.htm


141 :名無しさん@3周年:04/02/13 21:37
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ

142 :名無しさん@3周年:04/02/13 21:51
あなたの左手は、左手の本質にほかならないフームの種字が変容して生成した
プラジュナーンタカである。

143 :名無しさん@3周年:04/02/14 09:44



すべてが移りかわるのですから、「不動の実体」としては何もありません。
あれこれ悩んでいる自分も隙間無く悩んでいる訳じゃありません。
悩んでいない瞬間はどういう状態のときなのか?それを育てましょう。
ヴィパッサナーで育てましょう。

釈尊の教えは、心の運転マニュアルです。



144 :名無しさん@3周年:04/02/14 09:50
ナモー。慈悲と空は分けられない。
この遮られることのない、流れる生来の心が
原初から純粋な、そのようなものである。
空間が空間と交わっている。
その根が家にあるがゆえに、
心の意識は閉じ込められている。
この瞑想をすると、続く思考が、心の中でつなぎ合わされない。
現象界が心の本質だと知ると、
瞑想にはそれ以上の解毒剤は必要ない。
心の本質は思考であり得ない。
この自然の状態に止まれ。
この真理が分かると、解放される。
子供が見るように、野蛮人の行為を見よ。
気楽になれ。肉を食え。気違いになれ。

145 :名無しさん@3周年:04/02/14 10:36
今日は暖かいねヽ( ´∀`)ノ今年もチョコレートゼロだよ〜!

146 :名無しさん@3周年:04/02/14 10:50
恐れを知らぬライオンのように、
象の心を自由にさまよわせよ。
蜂が花の間を舞っているのを見よ。
輪廻が誤りだとは考えないので、
ニルヴァーナの達成のようなものはない。
これが普通の心のあり方だ。
自然の新鮮さに止まれ。
活動のことを考えるな。
一つの側、一つの方向に固執するな。
単純さ(単一性)の空間の真ん中を見よ。

147 :名無しさん@3周年:04/02/14 19:42









     やっぱりチョコ貰えなかった。。。
_| ̄|○ 漏れは、理屈っぽくて、暗くて、重くて、しつこいのかもしれない。

148 :名無しさん@3周年:04/02/14 20:02
悪をなす者は多いが、善の実践者は少ない
すべての苦しみは罪の報い
すべての喜びは善の果報
しかし、どちらもすべて自分がなしたことである

149 :名無しさん@3周年:04/02/14 20:26
箴言・警句・経典の一節等をレスされる方は引用元を書いていただけるとありがたい

150 :名無しさん@3周年:04/02/16 00:25




 暗い 重い 堅い 

絡む _| ̄|○ 粘着

説教臭い 理屈っぽい 

そんな私は36歳無職で童貞です。ここでやっと仲間を見つけることが出来ました。
みなさんには同じ匂いがします。よろしくお願いします。





151 ::04/02/16 01:24
スッタニパータ:
    人間として正しく生きる道が対話の中で具体的に語られている。


152 :名無しさん@3周年:04/02/19 08:40
定期age

153 :名無しさん@3周年:04/02/19 21:41
すったにパー多読んでも瞑想がダメなら意味なし
むしろ逆効果かも

154 :名無しさん@3周年:04/02/19 23:23
どうもわしは、人の話を聞いとらん・・返事も抜ける
ビバサナで直るかね?

155 :名無しさん@3周年:04/02/20 16:05
挫折しまくり、負け犬人生の私が悟るのは難しいのでしょうか

156 :ぶっだ君:04/02/21 13:48
>>154
>>155

生起する一切の事象は、変滅し、
崩壊していくものである。
サティを失わずに、怠ることなく、
修行を完成しなさい。

157 :ぶっだ君:04/02/21 13:53
>>154
>>155


まず、誓いなさい。

正自覚者であり、阿羅漢である
かの世尊に
帰命いたします

と誓いなさい。






158 :名無しさん@3周年:04/02/22 03:55
ゆんゆん

159 :かじ屋のちゅん太:04/02/22 07:29
サードゥ、サードゥ、サードゥ

160 :名無しさん@3周年:04/02/24 20:44
age

161 :名無しさん@3周年:04/02/24 21:04
ヴィパッサナ瞑想をして、どういう効果がありましたか??

162 :名無しさん@3周年:04/02/26 20:35
age

163 :名無しさん@3周年:04/03/01 13:03
age

164 :名無しさん@3周年:04/03/04 20:08
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ

165 :名無しさん@3周年:04/03/08 21:45
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ


166 :(゚∀゚):04/03/08 22:50
>>ヴィパッサナ瞑想をして、どういう効果がありましたか??

164,165のような、現れては消えX2する刹那、刹那に気付きまった。

167 :名無しさん@3周年:04/03/08 23:24
>>166
いいねぇ。

168 :基地外:04/03/11 04:06
121 :名無しさん@3周年 :04/01/23 14:02
>>120
|゚Д゚)?
(゚∀゚≡゚∀゚)<スレ違いだよ。
|彡サッ
127 :名無しさん@3周年 :04/01/25 17:48
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ
128 :名無しさん@3周年 :04/01/28 21:57
|゚Д゚)<オマタセシマシタ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ
129 :名無しさん@3周年 :04/01/29 17:10
|゚Д゚)<エッ! イラッシャッタンデスカ?...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ
130 :名無しさん@3周年 :04/01/31 19:49
>>127-129
引っ込んでろDQN
164 :名無しさん@3周年 :04/03/04 20:08
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ


165 :名無しさん@3周年 :04/03/08 21:45
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ



169 :名無しさん@3周年:04/03/13 18:52
人間が本来努力すべきは、他人にあああって欲しい、
こうあって欲しいという願いを持たないでもいきていかれる人間になることである。
それが自律的な独立した人格であろう。未熟であれば未熟であるほど他人への願いは強い。
未熟な人間は自我境界が曖昧なのである。精神的に他人に依存しているのである。
神経症的人間は、他人に対しての要求多く、しかも自己中心的性質をおびている。
世界は自分の望むように奉仕すべきたという思いが心の根底に強くあるのであろう。

肩がしっかりと発育した蓮華のようにみごとな巨大な象は、その群を離れて、
欲するがままに森の中を遊歩する。そのように、犀の角のようにただ独り歩め。
                                  
                                -釈尊-

170 :名無しさん@3周年:04/03/16 18:38
ううん いいねえ 前置きがいいねえ

171 :名無しさん@3周年:04/03/18 01:34

|`_´)y-~ 今夜から、このスレはハードボイルドスレになりますた。

「孤独という時間の試練を乗り越えた男の肩は、何かを語り女はそこに安らぎを求める」

ブッディストは、犀の角のようにただ独り歩め。




172 :クレヨンしんちゃん:04/03/19 23:14
>>犀の角のようにただ独り歩め。

誰に依りかかることなく、自分で自分を律しないといけない
という非常に厳ち〜〜〜い教えですな。

173 :名無しさん@3周年:04/03/19 23:18
ゴエンカ先生関係の本は訳書では1冊しかないですが
海外では他にも出版されているのだろうか?

174 :平凡 :04/03/19 23:42
ァ      .__  ァ
 '`,、    | '∀`|   '`,、
   ¨' 占|__|ヽ   '`
        乂

175 :名無しさん@3周年:04/03/20 12:08
>>173
いっぱいでてるみたいよ。


176 :名無しさん@3周年:04/03/22 02:36
ハードボイルドアップ 〜質疑応答編〜

。゚(゚´Д`゚)゚。 毎日毎日、淋しくて辛いでつ。苦しいでつ。

|`_´)y-~  秒単位で、身体感覚を観察するんだ。より細かく精妙に。
        忙しくて淋しい暇もないぜ。

ブッディストは、犀の角のようにただ独り歩め。



177 :名無しさん@3周年:04/03/22 11:29
> ゴエンカ先生関係の本は訳書では1冊しかないですが
> 海外では他にも出版されているのだろうか?

@もう一冊有ります
A出版されてます
但し、とにかく一回10日漢コースに参加しないと色々
わからないように、なってるだ

でもゴエンカ流派では寺和田仏教そのもについては、あまり勉強に
ならんですたい


178 :名無しさん@3周年:04/03/24 05:22

As a great white elephant,
with massive shoulders,
renouncing his herd,
lives in the wilds wherever he wants,
wander alone
like a rhinoceros.


179 :173:04/03/24 23:35
10日間コースか
京都までの交通費すらきついからなあ

180 :173:04/03/24 23:40
>>
@もう一冊有ります

181 :173:04/03/24 23:41
>>177

>@もう一冊有ります

なんという題名ですか?見つからなくて

182 :名無しさん@3周年:04/03/24 23:56
> なんという題名ですか?見つからなくて

すまんです、市販されとる本ではなかとです。
10日間コースの要約ですだ

183 :名無しさん@3周年:04/03/25 00:00
ぬっぽんに居てウィパッサナやるなら
マハーシシステムの方がメニューが多くて
やり易いでがすよ

184 :名無しさん@3周年:04/03/25 12:27
マハーシマヘッシヨーギですか?

185 :名無しさん@3周年:04/03/25 12:41
マハーシ・サヤドウだよ
サヤドウは、出家の長老でつ

TMなんてうさんくさい瞑想は今時誰もやらんでごわすぅ

186 :173:04/03/25 15:06
>>182
_| ̄|○

>>183
人によるんじゃないかな

187 :wander alone like a rhinoceros.:04/03/26 10:56
徹底した、また鋭い観察能力で瞬間瞬間生滅変化している現象を観察しているうちに、
執着するべきものなどは何もないことに何回も何回もぶつかるのです。
こころという働きは、何かの対象を取って認識作用を起こすことです。
「頼る」「頼られる」の両方とも無くなったとわかる瞬間に、
何にも頼らない瞬間が現れるのです。この大革命が悟りなのです。


188 :名無しさん@3周年:04/03/26 14:53
悟りいいけど英語もね!

189 :名無しさん@3周年:04/03/26 18:08
ゴエンカ ジ は、 レディーセヤドーという人の弟子のさらに弟子の弟子にあたる人ですから、
ミャンマーに行くと、同じ流派の指導者は、他にもたくさんおられると思います。
たとえば、ゴエンカ ジ の師匠は、サヤジ ウ バキンですが、その弟子は、数名います。
ただ、システム的に、かなりしっかりと確立させてるのは、ゴエンカ ジ系の団体です。
 著作をお探しなら、レディーセヤドーのものなどもあたってみたらいかがでしょう。



190 :名無しさん@3周年:04/03/29 17:49
ゴエンカ氏のチャンティングについてだけど、なんの解説も無いので
さぱーり意味不明なのが残念じゃ。だりか知ってる?

191 :名無しさん@3周年:04/03/29 17:52
心が《異性》と《金》を思っているようでは、決して成功することはできない。


192 :名無しさん@3周年:04/03/29 20:18
>>190
講話でなんかいってたような気はするけど忘れちゃった。


193 :名無しさん@3周年:04/04/01 09:15
『自分』と言ってもそれは一時的な現象のみであるという事実に気づくこと、
それこそ正しい行うべき、有意義な探求なのです。
その事実に気づいた人のみ、苦しみを脱出するのです。
その方法として、ヴィパッサナーの実践があるのです。


194 :名無しさん@3周年:04/04/14 15:44
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ


195 :名無しさん@3周年:04/04/15 22:49
     

     本
     物
     は
     人
     気
     が
     な
     い
     も
     の
     で
     す
     ね
     ・
     ・
     ・

196 :名無しさん@3周年:04/04/20 03:40
人によって向き不向きも有るだろうけど、漏れはマハーシ系より
 ゴエンカさんのところのやり方が好きだね。
 スマさんのところは金儲け主義だし・・

197 :名無しさん@3周年:04/04/20 19:25
> スマさんのところは金儲け主義だし・・

・・すんげー誤解だと思うよん
ゴエンカさんところだとチャンティングのテープ流してっけど
パーリ仏典の説明が無いからイライラするよ。礼拝と三帰依しか
わかんない。。サティパッターナ・コースも有るけんど、
大念住経を読み込んで参加してる香具師はいるのかな。。

アビダンマッタサンガハ や ヴィスディマッガ、ヴィムティマッガ あたりは
常識だぜ


198 :名無しさん@3周年:04/04/20 19:49
ゴエンカさんスマさんで行き詰まってる香具師は、ここでアナパナ、四界分離を
勉強すれ↓パオ・セヤドー法話終

http://www012.upp.so-net.ne.jp/asia21/

パオセヤドー=ウ・アチンナ長老

199 :名無しさん@3周年:04/04/20 21:10
パーリ仏典の意味がわからなくてイライラする自分を観察しれ

200 :名無しさん@3周年:04/04/20 21:37
>>197
 確かにチャンティングは意味分からんね。ゴエンカさんは、これ 
 は宗教的行事では無く、修行者を励ますためにしてるみたいな
 説明だったけど。

201 :名無しさん@3周年:04/04/20 23:01

漏れはゴエンカさんのチャンティングって、けこー好きなんよ
浪曲好き、浪花節好きおやぢ みたいなもんかな
で、やっぱ何言ってるのか分るといいんだけどぅ

202 :名無しさん@3周年:04/04/20 23:07
>>201
漏れも好きだ。最後に♪サラマンダ〜ゲゲとかいう
 節回しが。

203 :名無しさん@3周年:04/04/21 00:45
ゴエンカジのチャンティングは、初めから
意味の理解など考えてはなかろう。
ゴエンカジは「波動」の話しをしておられたから、
チャンティングが与えるダンマの波動が
修行者に良い影響を与えるってことだと思う。

204 :名無しさん@3周年:04/04/21 00:58
  俺の知り合いの女性も、チャンティングのテープを聴いて
  瞑想をすると集中しやすいと言ってた。

205 :名無しさん@3周年:04/04/27 21:57
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ


206 :名無しさん@3周年:04/04/30 21:49
ゴエンカ氏のチャンティングの内容は、氏の自作詩と南伝仏教の基本聖典に
礼拝や三帰依だろう。コース中ほんの少し意味の分る所が有ったよ。

>>202

>> 最後に♪サラマンダ〜ゲゲとかいう 節回しが。

・・たぶん Mangala Sutta (吉祥経)だろう


207 :名無しさん@3周年:04/05/01 23:29
 皆さんは、シーラは守ってますか?

208 :名無しさん@3周年:04/05/02 13:18
お酒は飲みます♪

209 :名無しさん@3周年:04/05/07 20:52
|゚Д゚)<コンバンハ〜...
|(゚∀゚≡゚Д゚)?
|彡サッ

210 :名無しさん@3周年:04/05/16 01:29

たとえ享楽的一日の生活を甘受しえても、心中の不安を消すことはできず。

認知の歪みを正す。
ありのままに観る、受信する。
単に音、単に痛み、単に痒み、単に妄想、単に記憶、単に思考・・・
単に膨らみ、単に縮み・・・
解釈すると必ずバイアスが入ってしまう。つまり主観は100%の正確さではない。

それらが絶え間なく瞬間瞬間、生滅変化し流れ去っていく。
時間の流れは一方通行、時間の流れの先には死が待っている。



211 :名無しさん@3周年:04/05/16 14:51
で?

212 :名無しさん@3周年:04/05/16 20:20
禅定…集中と洞察による交互に襲う連続攻撃。この攻め手に、君は太刀打ち出来るのか…?

213 :名無しさん@3周年:04/05/22 22:49 ID:hbBC9reT
記念カキコ。

214 :名無しさん@3周年:04/05/23 09:30 ID:13ORPtBK
ダンマの波動
...hado ha zennbu nesemonodesu. genngokannkaku ni donnkannnahito dake
ga hadou nannte kotoba wo tukaimasu. hado ga aruto nesemono desu.

215 :(゚∀゚):04/05/23 10:55 ID:4fk9flEL
ネセモノでつか。

216 :瞑想修行厨:04/06/01 20:46 ID:2ncUSuW7
ゴエンカ氏の10日間コースに言ってきた友人に勧められて、ただ今、瞑想修行中です。
テキストは「やさしいヴィパッサナー瞑想入門」を使い、各章末にあるエクササイズを元、
に20週間ほどのプログラムを組み、現在三週目です。
瞑想中・後に五蓋のうちの「疑い」が出てきてなんとも不安な気持ちになるのでしょうが、
皆さんは如何でしたでしょうか?「疑い」を振りほどく為のよいテキストやコツがあれば
ご伝授ください。

少しでも基本に触れようと、スッタニパーダかダンマパーダを常に携帯し、気が向いたときにパラパラめくってます。

217 :名無しさん@3周年:04/06/03 10:03 ID:ni8w4y8V
>>216
独流は良くないと思います。ちゃんとした指導者につくことを
お勧めします。
京都の10日間コースに参加すれば?

218 :名無しさん@3周年:04/06/03 17:49 ID:WiL77YGO
手元にあるゴエンカ師の本では、
「この瞑想法を学びたければ、それなりの環境がととのい、きちんとした
指導者のいるコースに参加してほしい。瞑想はシリアスな行である。
とくにヴィパッサナー瞑想法は心の深奥に触れるので慎重に行わなけれ
ばならない」とあります。コースを受けてみるのがよいでしょう。

219 :瞑想修行厨:04/06/03 19:38 ID:PX4kqG3r
>>217さん
早速のご返事、どうもありがとうございます。
現在のところ10日間コースに行けそうなのは七月半ば以降なので、
せめてそれまででも、思ったしだいです。
ちなみに217さんは10日間コース修了の方ですか?

220 :瞑想修行厨:04/06/03 19:47 ID:PX4kqG3r
>>218さん、
了解です。私もゴエンカ氏の本を購入しましたがまだ読んでいません。
>>219に書いたとおり、時期の制約がとければ参加する意向です。
皆さんは参加されているようなのでお聞きしたいのですが、「もし、コースに
参加していなければ、今の自分とはどうちがったであろうか?」というところを
お聞かせいただけませんでしょうか?

221 :名無しさん@3周年:04/06/03 22:15 ID:un9MlqJU
218さんじゃないけど
>>220
効果は人によって違うと思います。
他人の体験を聞いて変な期待を持ったりせずに、
コースに参加したほうがいいかもしれません。


222 :217:04/06/04 05:15 ID:NztmUPA9
>>219
私は、2年前と昨年の2回コースに参加しました。
参加して良かったと思うのは、腹が立ったり落ち込んだりした時でも、
自分の呼吸や体を観察すると感情の波立ちが静まってくる。
私の場合、劇的な変化を期待してましたが、変化は薄紙が剥がれる様に
現れました。

223 :瞑想修行厨:04/06/04 05:46 ID:ravN82jd
>>221,、>>222、他の皆さん、暖かいアドバイスありがとうございます。
京都の10日間コースを視野に入れつつ、日々、実践できることだけでも
していきたいと思います。じぶんの傾向としては頭でっかち&耳年増に
なってしまうことが多々あるので、その点も考慮にいれつつ…
改めて、皆さん、どうもありがとうございます。

224 :名無しさん@3周年:04/06/08 19:42 ID:ciScFPwj
隙間無く認知して、絶対に主観的な認識はしない。

225 :名無しさん@3周年:04/06/09 12:31 ID:bMNwRKaB
マハーシが最も良いヴィパッサナーという指導者は駄目だと個人的に思う
人には血液型がいろいろあるように相性があるんだから


226 :名無しさん@3周年:04/06/09 14:31 ID:+02xXWD1
ヴィパッサナーを始めたいと思っていますが、ゴエンカ流とマハーシ流があって
迷います。
マハーシの方がとっつきやすく日常生活にも活かせそうな気がしますが、ラベリング
なしのゴエンカ氏の瞑想の方がよりダイレクトに観察できるかと。
両方試すしかないかな。

227 :名無しさん@3周年:04/06/12 15:05 ID:wXh4b1SB
僕はアルボムッレ・スマナサーラさんの本をメモを取りながら読んでいます。
みんな読んでる?

62 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)