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果たして三位一体は正しいのか!? 第二位格

1 :(・∀・∀・∀・):03/10/28 16:04
キリスト教の基本教理である三位一体
三位一体を否定する教派は異端とされてきた。
しかし、果たして本当に三位一体は正しいのか?
本当に聖書から三位一体は導き出せるのか?
ここらでちょっと三位一体について語ってみないか?
三位一体に変わる新しい理論もキボンヌ。
あと、小泉総理の「三位一体の改革」については他所でやってね。

前スレ
果たして三位一体は正しいのか!?
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1061983539/

2 :名無しさん@3周年:03/10/28 16:05
2

3 :名無しさん@3周年:03/10/28 16:05
祝get2>>>>>>サロメ俺さん史ね!!!!!!

4 :名無しさん@3周年:03/10/28 16:09
結局第二位格なのね。


5 :名無しさん@3周年:03/10/28 16:11
さて諸君、ミケーア宗教会議から話を始めようではないか。

6 :名無しさん@3周年:03/10/28 16:14
この前スレ、パッとみ糞つまらんスレかと思っていたが、
なかなか良スレだったよ。ということで>>1、乙。

7 :名無しさん@3周年:03/10/28 16:16
そもそも三位一体をめぐる論争は、いつからのころからあるの?

8 :前スレ1:03/10/28 16:20
>>1
代行スレ立てありがとうございます。乙彼様でした。

>>4
もし4スレ目に行ったときのためには別の方法をとりますから安心してください。

>>6
ありがとうございます。

私はここらへんで失礼いたします。(書き込まないという意味ではありません)
次スレ逝きそうになったときや、何かあったときには出てくるかもしれません。。。

9 :名無しさん@3周年:03/10/28 16:48
>>7
過去にも2〜3度「三位一体」スレを見たことがあったけど
今回の前スレがいちばんまともな会話が出来ていたと思う。

10 :名無しさん@3周年:03/10/28 16:54
>>7
オリゲネスなどアレクサンドリア神学が提唱するロゴス・キリスト論
についての議論あたりから、その気配ありだと思うよ。三位一体論も
キリスト論に関する議論の延長線上で出てきた論点だし。

11 :名無しさん@3周年:03/10/28 17:53
それでユダヤ教の神はヤハヴェ神、キリスト教の神は三位一体の神としてみなしてもよいのでしょうか?

12 :名無しさん@3周年:03/10/28 18:25
神は全知全能なお方です 三位一体でも何でも お茶の子歳々だけど (V○V)? 

13 :名無しさん@3周年:03/10/28 18:34
一つなのが3つ・・・ほんとに一神教なのか?多神教とどう違うのさ。

14 :名無しさん@3周年:03/10/28 18:39
1=3だよ 三つであり一つの神さまね 

15 :名無しさん@3周年:03/10/28 18:43
パンが一つであるから、わたしたちは多くいても、一つのからだなのである。
(コリント人への手紙10.17)

16 :名無しさん@3周年:03/10/28 18:47
>>14
だから、一神教と多神教って区別はどこで一線をひいているのよ?
ユダヤ教やイスラム教は、確かに一神教だが、キリスト教は、新約を見る限り
ヒンズー教や仏教となんら変わりないと思わないか?

17 :名無しさん@3周年:03/10/28 18:59
おもわない

18 :名無しさん@3周年:03/10/28 18:59
>>16
おもわねー。

19 :名無しさん@3周年:03/10/28 19:01
>>16
記述内容が多少とっちらかってるかもしれんが、神は唯一だと明言してん
だから一神教だべさ。



20 :名無しさん@3周年:03/10/28 19:04
>>19
だがよ、バプテスマを受ける時などで「神と神の子と聖霊の御名において、、、」と言うべさ。

21 :名無しさん@3周年:03/10/28 20:03
>>20
それが全部一つだというんが三位一体だべや?それでええんでねが?

22 :名無しさん@3周年:03/10/28 20:26
あーめん

23 :名無しさん@3周年:03/10/28 20:26
>>21
格が3つある神か・・・ 多重人(神)格の間違いではないのかよw

24 :名無しさん@3周年:03/10/28 20:28
>>23
三位一体はともかくとして、旧約・新約をつうじての多重人格っぷりはよく知られた話だなw

25 :名無しさん@3周年:03/10/28 20:28
多重人格も ひとりの人格の分派よね あぼーん

26 :名無しさん@3周年:03/10/29 11:52
キリスト教って神の一人芝居だよね。

勝手に世界や人類作っといて、罪を犯しそうな状況わざと作って
犯しちゃったら子孫まで受け継がせて(子供は関係ないだろ!)。

増えてきて自分を讃えなくなったからヘソ曲げてみんな洪水で
滅ぼしちゃってさ。
そんでしょうがないから自分の民を選んで
「お前たち以外は私が選んだ民だ。お前たち以外は異邦人だ」
みたいなこと言ってさ。
そいでまた選民まで讃えなくなったら怒って国を滅ぼさせたり
バビロンに捕囚させたりしたくせにのうのうと
「メシアがお前たちを救ってくれるぞ」
とか言ってんの。

で、神の子イエスが来たと思ったら
「神は愛です。隣人を愛しなさい。敵をも愛しなさい」
オイオイ、あんた言ってることが違うよ!!どないせい言うんじゃ!
で、人類の罪を背負って死んでくれた訳ですか、有難う!

っておい!
勝手に人類作って罪犯させといて勝手放題人類をいいようにもてあそんだ上に
自分(の子)が死んで償ってあげます、ですか。
あぁ、そうですか。

一人芝居もたいがいにしろヴォケェェェ!!!!

27 :名無しさん@3周年:03/10/29 12:02
>>26
> 「お前たち以外は私が選んだ民だ。お前たち以外は異邦人だ」

「お前たちは 私が選んだ民だ。 お前たち以外は異邦人だ」

28 :名無しさん@3周年:03/10/29 12:04
まあ、そんな神にもついていくのが人間の不可解なところで......。

人間の寿命が有限、というのが、神から与えられた最大の恵みだと
私は個人的には思います。

29 :名無しさん@3周年:03/10/29 12:19
>>28
文字通り「イッテヨシ!」ですな あなたは

30 :名無しさん@3周年:03/10/29 12:43
まぁ 神を理解するたって ありんこが人間を理解するようなもんね

31 :名無しさん@3周年:03/10/29 12:48
>>14
1≡3 の方だろが。

32 :名無しさん@3周年:03/10/29 14:51
>>30
人間がありんこを理解できないように神も人間を理解できないってことでつね?

33 :名無しさん@5周年:03/10/29 19:18
無限である神を、有限である人間が理解できるわけが無い。
すべてを、人間の頭で理解できるように、合理的な解釈を
しようとすれば、人間は自分と同等の神しか持てない。
つまり、人間の脳みその中に、神がすべて納まってしまうということ。

34 :名無しさん@3周年:03/10/29 19:22
>>33
人間が有限とは早合点すぎる。

35 :名無しさん@5周年:03/10/29 19:31
>>34
人間はすべてにおいて有限です。


36 :名無しさん@5周年:03/10/29 19:33



37 :名無しさん@3周年:03/10/29 19:38
>>35
だから、早合点すぎる。

38 :名無しさん@5周年:03/10/29 19:40
唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、
だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。
この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。

39 :名無しさん@5周年:03/10/29 19:42
>>37
神はすべてにおいて無限です。

40 :名無しさん@3周年:03/10/29 19:44
>>39
神は無限だというのはいいけど、それと対比させて人間が有限ってのは無理があるって。

41 :名無しさん@3周年:03/10/29 19:47
>>40
否定する理由は?

42 :名無しさん@5周年:03/10/29 19:55
神は無限であり、人間は有限である。
これは議論の余地がありません。


43 :名無しさん@3周年:03/10/29 19:55
>>41
理由も何も、そもそも人間のあることについては有限というのであれば、話はわかるが、
全てにおいて有限だなんて・・・ こっちが理由を聞きたい立場だよ。

44 :名無しさん@5周年:03/10/29 19:58
>>43
ひとつでも無限であるという例をあげてもらえれば、
話は簡単なんですが。

45 :名無しさん@3周年:03/10/29 20:01
>>44
あ、そうなの、では、
人の思想は?

46 :名無しさん@5周年:03/10/29 20:07
>>45
思想とは、人が考えることですか。
考えている人間自体、寿命が来れば死にますし、
考えることにも限界があると思いますが。

47 :名無しさん@3周年:03/10/29 20:09
>>46
んにゃ、個としての人が死んでも、思想は受け継がれていくもんだ。

48 :名無しさん@5周年:03/10/29 20:16
>>47
この世界が永遠、無限に続くということであれば、人間が残した
思想も永遠に残っていくのでしょうが、残念ながら、この世界も
有限です。

49 :名無しさん@3周年:03/10/29 20:56
神が無限であることを、想像できる。
又は、無限の神を想像(発明)した。
人が想像すること。

50 :名無しさん@3周年:03/10/29 21:43
>>42
つまり、「永久に理解できない」、と言う事ですよ

51 :名無しさん@5周年:03/10/29 22:20
>>50
人間は無限なる神を永久に理解できませんが、終末が来て、神の国に入った人間は、
永遠に知識を積み重ねていくわけですが、それでも、永遠に神を理解し尽くす
ことはできません。どんなに知識が増えても、無限の前には無に等しいということです。

52 :名無しさん@3周年:03/10/29 22:23
>>47
が、主の説かれた永遠の命です。。

53 :名無しさん@3周年:03/10/29 22:35
>>51
いやいや、そういう意味じゃないよ
人間は永久に神からかけ離れていると言う事、
宗教だろうと無宗教だろうとね、
第一、自分(達)が他の宗教より神の意に添った行いをしているなんて
妄想もいいところだ、選民意識や選人意識がある時点で、それらは
人が作った証拠、何万年続いても、しょせん神様非公認の「ファンクラブ」


54 :名無しさん@3周年:03/10/30 09:59
神を人間が理解しきれるはずがないから奥義である三位一体を理解しきれるはずがない。
だけど、真理なのである。

というような事をいうヤツかなり多いんだが、俺からすればそれは思考の停止と思う。

55 :名無しさん@3周年:03/10/30 11:45
>>54
それも一理ある。
神は、神を思考すれば自分から遠のき。>>51の言う理解しがたいものと変貌する。
思考しなければ、>>54の言う通り、思考は停止する、だがしかし、神と一体となれる。
故に神は決して理解しがたいものではない。

これと同じように三位一体も論理外である。

56 :名無しさん@3周年:03/10/30 12:59
人間は、大きな無限(神)に比べれば無限分の一くらいの小さい無限という事でよろしく

57 :名無しさん@3周年:03/10/31 22:20
前スレ847より引用
>そもそもエホバはグランビル−シャープが守られていないという細い線に頼って
>第二テサロニケだのテモテやテトスの、イエスについて「主にして神」としてい
>るところを切り抜けようとしているわけだから、

事実はこのような推測に根拠がないことを示しています。
テトス 2章13節の解釈を取り扱った
『ものみの塔』1981年8月15日号(日本語版)「読者からの質問箱」は
グランビル・シャープの「規則」について次のように述べています。

 イエスが神であることを信じようとする人々は,
 時として正確なギリシャ語文法に従えば上記のような立場(引用者注=グランビル・シャープの「規則」)を
 取らざるを得ないといった印象を与えようとします。
 しかし,実際にはそのようなことはありません。
 事実,テトスへの手紙の中で当てはめられている
 この「規則」の正当性は学者たちの間でかなりの論議を呼んでいます。

すなわち、新世界訳にグランビル・シャープの規則をあてはめて論じることは
無意味なのです。

58 :名無しさん@3周年:03/10/31 22:50
>>54
そう思うのも思考停止。

59 :ネットサーファー@神の国:03/10/31 23:12
もし私が神でないのなら、もし仮に私が、私が神で無い言っても
それは神の言葉でないわけだから信じるに足りない。
つまり私ですら私が神であることを否定できない。
しかし、私は神だから、私は神であるという私の発言は信じるに足る。
これで、世界は混乱から救われるであろう。

60 :名無しさん@3周年:03/11/02 01:50
>>26
聖書を一字一句間違いのない、神の霊感に基づいて書かれた本であると確信
して忠実に読んでいくと、普通の人ならそういう結論になりますな。
だから聖書は、喩え話やヨハネの黙示録のように象徴に満ちた文書など
や、箴言のように教訓の書など、様々な時代に、色んな人によって書かれた文書を
寄り集めて一つの聖書という書物になったのです。


61 :アリウスの逆襲 ◆AMEN/5fCvA :03/11/02 09:05
聖書解釈議論スレよりコピペ

250 :名無しさん@3周年 :03/11/02 03:35
エウセピウス(紀元後260に生まれ〜後337死亡)はマタイ28章19節の一節を引用している。
彼の著書“教会史三巻5の2”で、それを見つける事が出来る。それは次のようだ。

「 行って我が(イエス)名ですべての国民を弟子とせよ 」

この部分が今では、

「あなたがたは行って、すべての民を我が弟子とし、彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を与えよ」

ずいぶんご親切な付け加えがエウセビオスの後に生じたようです。改竄のお手本とでもいうべきか。
迷惑この上もありませんがね。
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1066654046/250

これって本当なの?だとしたらすごく重大なことだよね?
三位一体論最大の論拠でしょ?

62 :57:03/11/02 11:49
あー編集中に流しちゃったよ。いやん。

つづき
「この見解は20年以上も前のものであり、現在のエホバの証人の立場とは
異なるのではないか?」と疑問を抱く人がいるかもしれません。
そのような人に対して、>>57で引用されている記事以前に
新世界訳初版が発表されていることに注意を喚起することは有益です。
また参照資料つき新世界訳改訂版(1984年)およびその日本語版(1985年)は
グランビル・シャープ法則に対するエホバの証人の立場に興味深い洞察を
与えてくれるでしょう。その参照資料6ホはテトス2:13とペトロ2 1:1,2が
「異なった二者が kai で結ばれているとき、前者に定冠詞が付いているなら
後者に定冠詞を繰り返し付ける必要のないことを示」す、と主張しています。

このような見解に基づく翻訳に基づいて聖書を論じることに、
現代の私たちにとってどんな意義があるでしょうか。

63 : ◆VcgU54eMDU :03/11/02 15:32
>>61  >>60
リベラルは異端的なので勝手に聖書を差し引きます。そして三位一体まで否定しだします。

三位一体は聖書に啓示された真理です。

否定する者は異端です。


64 :名無しさん@3周年:03/11/02 15:46
三位一体と決めた会議はローマ皇帝主催で行われています
言い換えれば弱体化した帝国にキリスト教という新しい血を入れる事で
権力層の延命を図る為に宗教を整理する計画でした

逆に言ってしまえば宗教と帝国の利害の落とし所を探った会議でもあります
ここで排除された勢力は帝国運営、教会運営で都合は悪かっただけで、宗教
的に間違っていたかどうか、かなり怪しいです
結果、帝国を支えてきた「ローマ人魂」は崩壊し、キリスト教もここで決まった
事を「信条」として、事あるごとに再確認しなければならなくなり、
あのとき排除した事は、本当は正しかったのではないか?と、怯えるように
なったのです

65 :名無しさん@3周年:03/11/02 15:57
>>29
亀レスですが、
「いかに良く逝くか」 が宗教の担当分野だと思います。


66 : ◆VcgU54eMDU :03/11/02 16:01
>>64
会議は聖書に啓示された三位一体の真理を確認したに過ぎません。

人間の決定によるものではないのです。


67 :名無しさん@3周年:03/11/02 16:16
>>66
聖書には三位一体の記述は無いはずですが?

68 :名無しさん@3周年:03/11/02 20:22
>>67
「聖書に啓示された三位一体の真理を確認した」は「書いてあることにした」
の雅語です。

69 :名無しさん@3周年:03/11/03 02:08
>>64
ふむふむ。
とりあえず貴下への援護として指摘できるのは、

1.第一ニケーア公会議とニケーア信条は別物であること どう違うのかを突き詰めるといい。
2.ミラノ公会議(355年)の存在を、後の主流派が矮小化・無視しようとしてきたこと  調べてみよう。なにより・・・

主流派のための会議とその後について顕著にみられる特徴として、
「後の主流派による主流派のための」歴史記述・またネーミング・数知れぬ焚書・最初から判決の決まった審理、
会議の抜き打ち開催、おもに「後の主流派」のための交通費免除、買収、(おそらく姦淫・同性愛をも用いた)有力者および婦人の篭絡、
反対派(潜在的多数派)出席やさらには司牧に対するそのほかの妨害、それには暴徒扇動による殺害・傷害・監禁も含まれる。

教会内のどの程度の人がそれらに手を染めていたかは、たとえば「聖ダマスス1世」の数々の犯罪をみればいい。
表沙汰になっているものだけでも、凶悪犯罪者と呼ぶに十分なはずだ。

これらをもってなお、アタナシウスたちが歴史の審判に堪えるものかどうか。
異教徒の堕落した法律の前で、ひれ伏して判定に服すべきだと思う。

まったく、「神の恩寵により」云々が聞いて呆れる。



70 :名無しさん@3周年:03/11/03 02:12
三位一体を否定するエホ証のキリスト観が炸裂している歌をさらし挙げ。
間違いはいくつ見つかりますか?

「105番 エホバの初子 (ういご) をたたえよ!」
Hail Jehovah's Firstborn!

1. エホバの初子は 世継ぎとさる  造られし日より 父に仕え
  地と天のもの 全てを造り  言葉となりて 真理知らす
2. 神の像(かたち) にて 居給いしが  神と等しき地位 求めず
  己を低め 人の様 取り  エホバ証して 命 得しむ
3. キリスト、神に 高くせられ  エホバの名清む務め 受けり
  ハルマゲドンにて 僕(しもべ) ら守り  神の敵 討ち 平和招かん
4. エホバの初子は 位に座す  家々に告げて 真理守れ
  親しく顧み よく教えつつ  エホバの初子 ほめたたえよ

71 :名無しさん@3周年:03/11/03 02:19
>>70
いや、みつからない。しかし著作権を侵害している匿名者は見つけた。
お前だ。

72 :或る福音派信徒 ◆bvaENP/60o :03/11/03 02:22
>>70
まず一つはイエス様は被造物じゃないです。

ナザレ人イエスは全能の神です。

異端は嫌。




73 :名無しさん@3周年:03/11/03 02:23
>>71
歌詞の間違いはないように(無断)掲載した。
その間違いじゃなくて、「聖書的に見て」 間違っているかどうかだ。

74 :名無しさん@3周年:03/11/03 09:51
イエス・キリストは父に祈ったりする謙虚な態度と、「私はある」
と堂々と言われる態度とが渾然となっているので、謙虚な態度に
だけ注目すると混乱するが、じつは神その人だった。

神がこの世に人間として来られたのは初めてだったので、さすが
の神にも人間相手にはいろいろな困難がおありになった。

自分がある人本人であったとき、あなたはあの人を知っています
か?と聞かれて、私がその人間本人ですと言うのも本当だが、
ええ、よく知っていますと答えるのも本当。

賢い人間なら、鼻からそれを信じない者たちに向かって、私が
本当に本人ですなどと主張はしない。相手によるのである。

神であるイエス・キリストはそうされたまで。

聞く耳のある人は聞きなさい・・・。

75 :名無しさん@3周年:03/11/03 10:02
トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。
見ないのに信じる人は幸いである。」

弟子のトマスでさえそうだったが、最後に神と認めている。

このトマスの記事はその一部始終を自分の目で見ていた弟子の
ヨハネによって書かれたのである。



76 :名無しさん@3周年:03/11/03 10:19
>>69

第1ニケア公会議とニケア信条が無関係?? なんでですか?
解りやすい説明よろしく

77 :名無しさん@3周年:03/11/04 00:46
全創造物の初子というのが、どれほどトンデモな存在かを理解せんとな。
哲学的に考えても、それが「言葉」と呼ばれるのは正しいように思える。
言葉は、それを指す対象や相手がいない場合には、存在自体無用だからな。

その上、全宇宙は初子によって創造され、初子のために存在しているという。
これを人間から見て「神」と呼びたくなるのは当たり前だがな。
ところが、それには、もっととんでもない「父」がいてしまうのだよな。

78 :名無しさん@3周年:03/11/04 00:51
ところで三位一体を信じてる宗派の見解では、なんで「父」と「子」と
呼ばれるようになったか、その理由はどうやって説明してるの?
「子」って呼ばれるのは、それを生んだ親を持つ存在だけだろう?
それ以外に、「子」って呼ばれる理由が皆目わからんのだが。

79 :名無しさん@3周年:03/11/04 12:36
実際には、先に「父」がいて「子」がいて、そのあとに「人間界」が出来て、、、、、
最近になってから人間が「父と子って一緒なんじゃないか?」と言い出したんだもの。
信者たちが好むと好まざるとにかかわらず、父も子もいるさ。

80 : ◆VcgU54eMDU :03/11/04 12:40
>>78
イエスは独り子の神です。

ヨハネ  1: 14 新改訳
ことば(ロゴス-キリスト)は人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。
父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

     1: 14 新共同訳
言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。
わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。


81 :名無しさん@3周年:03/11/04 13:06
>>77-78
まさしくそのとおり。

もはや反対派の論駁の中にしか見出すことの出来ないアリウス自身の「言葉」(#脚注)からも、
まさに(男は娶らず、女も嫁がない、つまり生殖もない)天における二者の関係に、
なぜ「父」「子」という表現を用いるのか、そこから当然導かれる「お二方の存在」を、
アタナシウス一派が剽窃して標榜した「長老たちの伝統、聖なる書物にしたがって」論証しようとしていたことはわかる。

#これは、たとえば「○○厨が言論を完全に握った世界」が存在するとして、
それに反論した人の言葉が、反論した人を呪うために引用した人の文章にしか存在しない、
そういう世界を想像してもらえばいい。4世紀は、まさにそのような時代への変形の時期だった。

#アタナシウス一派のたくさんの文章、
そこにある「アリウスの言葉」は、偏見や歪曲、削除、捏造によって弱められ、誤解され、呪われている。
いわば、三一論者はそういう、都合良く骨抜きにされた言葉に対して、
1000年を経てなお数限りなく嘲笑し、聖書から「反論」し(しかし三一論のために偏向して「解釈」し、
ひどい場合は捏造・改竄を本文にさえ施した上で)「論証」し、のみならず失われた言葉を取り戻そうとした人たちを
嘲笑し、破門し、追放し、脅迫し、呪い、殺してきた。



82 :名無しさん@3周年:03/11/04 17:49
閑話の類になるかもしれませんが・・・・・・

テトス2:13 祝福された希望の[完成、実現]、つまり,私たちの偉大な神と救い主キリスト・イエス
の輝かしい出現を待望[するようにさせるものです] (詳訳聖書 いのちのことば社 1962年)

いのちのことば社 が発行してるんですよね、これ。前スレ847さん。厳密に言えば「発行していた」ですかねw

それが、いま、日本語のものとしては一般に手に入りやすい新共同訳や新改訳になると確かにこうなる。

テトス2:13 また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリスト
の栄光の現れを待ち望むように教えています。 (新共同訳)

テトス2:13 祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエス
の栄光ある現れを待ち望むようにと教えさとしたからです。 (新改訳)

で、【異端】聖書解釈議論スレッド【異教】http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1066654046/35 と。





83 :元福音派:03/11/04 21:25
>>82
テトス2:13は、新共同訳等の訳が適切だと思いますが、何か?

グランビル・シャープの法則にしたがって訳したのだと思いますが、
何か問題でもありますか?

84 :懐疑者61:03/11/04 22:33
神が論理外かつ人間の認識外というのは定義上認めるとしても、
三位一体が正しいか否かを人間の産物である聖書や公会議等の解釈上で議論するのは、無意味。
どの言語が正しい人間語かを議論しているのと同じで、相対的な価値の押し付け合いでしかない。
もちろん、教会関係者でそれで食っている人は別なんだろうけどさ。
三位一体という概念は、それを深く理解むしろ経験しようとすることによって、宗教的経験として
ドグマを理解するための方法論としては意味を持つと思うが、それぞれ信じている教義があるのであれば、
それぞれの方法で深い認識に到達すれば良いだけのこと。
むしろ母国語以外の言語が理解できないからといって、他を異端と切り捨てたり抹殺するような姿勢のほうが、
それぞれの宗教の教えに合わないはずであり、宗教の本質を理解していないということ。
一度勉強やめてみたら。

85 :名無しさん@3周年:03/11/04 23:13
>>78
さらに、混乱させるようでもうしわけないが、正教会は、「父より出ずる聖神(聖霊)の」だが、
カトリックって、「父と子より出ずる聖霊の」とは、なってないかな?
アウグスティヌスの三位一体論を読む限りではそう読めた。

86 :名無しさん@3周年:03/11/04 23:26
>>83
いや、だから、その話がここにあったみたいだから・・・・・・
http://biblia.milkcafe.to/thesis007.html

87 :名無しさん@3周年:03/11/05 00:09
>>84
ぜひおさえてほしいのは、三位一体にかんする論争とその手段には、おもに勝利した側による

1.聖書本文への捏造・改竄
2.聖書以外の文献への同様の犯罪的行為
3.対立する人々の著作を所有したり保管したりした人の徹底的な摘発・そして焚書
4.対立する人々・それに同情的な人々への脅迫・暴力・追放・殺害
5.デマゴギー・プロパガンダによる、対立する人々の名誉・記憶への毀損

があった、しかもこれらが大々的・国家的になされた、ということです。

そして、こういうやりかたによって「真理」を擁護するなどということを、
父なる神や子なる神がお許しになったのだと、ほんとうに考えているのですか?
という問いかけです。

もし、神さまが、たとえば詩篇に書いてあるような神さまならば、
「犠牲者たちの号泣を神は決して忘れず、流されたその血のために報復する」はずだと、思うのです。
残酷な思想だと思われますか?私はそうは思いません。



88 :名無しさん@3周年:03/11/05 00:26
申命記の「聞けイスラエルよ。あなた方の主、神は唯一の神である。」
という有名な箇所について。いまでもその文言をユダヤ教の
正統派の人の中には腕にまいたり、額につける箱のなかに入れたり
してるする人もいるそうですね。

あの聖句の「唯一」という言葉はヘブライ語のエハッドということばが
用いられていて集まりをさすときに使う「ひとつ」らしいですね。
単純な1は別の単語があるそうです。
例えば葡萄の房は ひと房と数えます。ひと房の葡萄には実が沢山
ついていますが、要素を持つ集合に対しひとつと数えることがあります。
エハッドはそのようなコンポジションに関する概念の「ひとつ」という
言葉だそうです。メシアニックジュー(ユダヤ人キリスト者)の著作に
より、知りました。

ユダヤ人でイエスをメシア(キリスト)と信じる人は初代教会には使徒を
始めとして大勢いたわけですがAD70年のエルサレム陥落以降
少数派でした。ユダヤ人社会にも異邦人によるキリスト教社会からも
居場所がなくアイデンティティクライシスに陥っていたのではないでしょうか。
19世紀以降そういったメシアニックジュー(ユダヤ人キリスト者)の著作や
活動が起こり始めたと聞いたことがあります。20世紀のイスラエル建国以降
現在、メシアニックジューは増加していると聞きます。
新約を使徒たちと同じようにアブラハム、イサク、ヤコブの子孫の
文化背景の文脈で捉え、旧約をヘブライ語のニュアンスで新約の光で解き明かす、
そういった作業に彼らイエスを主と告白するユダヤ人は賜物を持つ方が
いるのではないでしょうか。神を信じる学者(律法学者?)は自分の倉から
古いものでも新しいものでも自在にとりだす一家の主人のようだ、とイエスさま
は言われたそうです。(マタイ福音書)

89 :88:03/11/05 00:30
今、聖書で確認してないので聖句引用は一言一句正確ではありません。
内容はあってると思うのですが。聖句に間違いがありましたらすみません。


90 :名無しさん@3周年:03/11/05 00:35
>>87
>1.聖書本文への捏造・改竄

初代教父の時代にそういったことが行われたのでしょうか。
どういった背景の人たちが、聖書のどの箇所に
どのような改竄を施したのでしょうか。

その改竄はその後、どのようになって現在に至るのでしょうか。

教えて頂けますか。

91 :名無しさん@3周年:03/11/05 00:41
>>88
ヘブライ語本文には、単純な「1つ」をその「エハッド」であらわす用例がみられるです。
伝道者の書4.8「ひとりぼっちで、仲間もなく、・・・・・・」
雅歌6.9「汚れのない者、私の鳩はただひとり・・・・・・」


92 :名無しさん@3周年:03/11/05 00:44
>>82
ギリシャ語の και の訳し方、解釈の仕方で変わるのでしょうか。
詳しい方、説明お願いします。

「大いなる神」 と 「私たちの救い主であるキリスト・イエス」 の2つの言葉を
並列的にとらえるのか、イコール(あるいは修飾・被修飾の関係?)にとらえるのか
で翻訳が変わりますね。

イエス様の神性を直接、間接に示す聖句は他にも沢山あるとおもうので
ひとつの聖句に足をとられちゃったりしたくないな、とも思っちゃいます。。

93 :名無しさん@3周年:03/11/05 00:47
>>90
改竄された写本がどのような過程を経て、
他の多くの写本よりも優位に立つのか、俺も知りたい。

94 :名無しさん@3周年:03/11/05 00:53
【異端】聖書解釈議論スレッド【異教】
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1066654046/250とか、いかがでしょう。

あと、過去ローグをご覧ください。



95 :名無しさん@3周年:03/11/05 00:54
グランビル・シャープで検索汁。

96 :アリウスの逆襲 ◆AMEN/5fCvA :03/11/05 00:59
>>88
参考になりました。
ということは、「一人の神」ではなく、モルモン教の主張する「神会」のような観念や
ヒンドゥー教の「三神一体(トリムルティ)」のような観念でも「エハッド」であるのかもしれませんね。

97 :名無しさん@3周年:03/11/05 01:08
御自身を啓示するのに66巻を用いて聖書が成立するよう
神さまは歴史を導かれたのだとすると(ボクはそうだと思いますが)
一部でなく、いろいろな部分、全体を鑑みてどう解き明かされるのか
注意すべきなのではないでしょうか。

98 :元福音派:03/11/05 01:28
>>86 >>92
92さんは86が指摘しているエホバ側の説明をよみ、グランビル・シャープの法則なるものについて、まず理解したら、何が問題かが分かるはずです。

82、86さんがこのような上記法則を当てはめれば、神にして主とイエス・キリストを理解している思想が出ている箇所を話題にしようとしている、と解しました。

そして、エホバはこのようなところについては、さかんにグランビル・シャープは当時崩れていることもあり、常に成り立ってはいない、と主張します。また、イエスを「神」と言っているとしても、それは「称号」だというような、正統側にある解釈を援用したりします。

しかし、ヨハネ伝のトマスの告白のところのように、じぶんたちに都合のいいところになると(本当に都合がいいわけではないことは、以前どこかで書いた)、この法則を掲げたりしてね。

で、テトスあたりはまだいいのですが、第2テサロニケになると、写本のど
れをとるかについて明確に判定できないところで、どうも
「父なる神にして主イエス・キリスト」と読む可能性もありそうなところがあって、こういうところで上記法則を厳密にあてはめると、後の
サベリウス主義になってしまうのですね。
だから、正統側も、割り引いた訳をするのではないでしょうかね。

私は、テトス等々、時代がくだって、イエスの神格化が相当進んだ時代のものと思ってますから、イエスを神とする見解がでてたっておかしくないと考えます。

99 :94:03/11/05 01:29
えーと、>>94ですけど、
背景についてつけくわえると、エウセビウスはアリウスに同情的、というよりアリウス派でした。
仲介役を、アリウス側にたっておこなったこともありました。

彼は当時すでに名高い叙述家でもあり、教父たちの文献収集・引用で卓越していました。
そのために彼の文献は残ったわけです。まあ彼が皇帝へのおべっか使いだったことも大きいけど。
お分かりかと思いますが、
彼の著作(とされるもの)が残らなければ、マタイ28:19の疑惑の件は闇に葬られたままだったでしょう。

そして、いまもなお闇に葬られたままの潜在的疑惑がはたしてどれほどあるのか。
写本の照合が不可能なまでに「記憶の抹消」が上首尾になされたものがいくつあるのか。
これはもはや検証すらできません。

話がそれますが、関係ありそうなので加えると、
おなじようにして残ったのが、たとえばテルトゥリアヌス(モンタヌス派に転向)の著作です。
しかしこれらは「例外」に属するものでしょうね。

テルトゥリアヌスが、かつて非難していた異端にみずから加わったことには、
>>87にもつうずる、やむにやまれぬ事情があったようです。
たぶん、調べる価値があると思います。

100 :名無しさん@3周年:03/11/05 01:58
>>98
で、「詳訳聖書」の訳は?
これこそ三一ファンダっぽい立場なんでしょうに。
父・子・聖霊にあたる(と考えている)ところだけ、
ゴシック表記するくらいなんですけど。

でもしっかり分けちゃってるね。どうしましょ。


101 :名無しさん@3周年:03/11/05 11:04
あいかわらず「子」って呼ばれる理由が皆目わからんのだが、この
種の哲学的問いかけに対するプチ無視?は伝統なのか?

102 :名無しさん@3周年:03/11/05 16:43
>>101
>あいかわらず「子」って呼ばれる理由が皆目わからんのだが、
キリストが「神の子」だというのはごく初期からある言説なんだな。
その『子って呼ばれる理由』をめぐる議論が三位一体なんだな。
三位一体では「造られずして生まれ」なんだけど他の説だと違うんだな。

あとは過去ログ読んでね。

103 :名無しさん@3周年:03/11/06 00:12
>>101

あなたはこう書いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
>全創造物の初子というのが、どれほどトンデモな存在かを理解せんとな。
哲学的に考えても、それが「言葉」と呼ばれるのは正しいように思える。
>言葉は、それを指す対象や相手がいない場合には、存在自体無用だからな。

>その上、全宇宙は初子によって創造され、初子のために存在しているという。
これを人間から見て「神」と呼びたくなるのは当たり前だがな。
>ところが、それには、もっととんでもない「父」がいてしまうのだよな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あなたはすでに答えを、俺が見たところでは賞賛に値する洞察によって語っている。
だから余分の説明よりも、「神の言葉」がもつほかの呼ばれ方を挙げとくだけで、いまは十分ではないかな。

「右手に七つの星をつかむ者」「七つの黄金の燭台の真ん中を歩く者」
「最初であり、最後である者」「死んで、生き返った者」
「するどくて長い両刃の剣を持つ者」
「火の炎のような目を持ち、足は純良な銅のような者である、神の子」
「神の七つの霊と、七つの星を持つ者」
「聖なる者」「真実な者」「ダビデのかぎを持つ者」「開けてだれも閉じないようにし、閉じてだれも開けないようにする者」
「アーメンなる者」「忠実で真実な証人」「神による創造の初め」

「神の小羊」「ほふられた小羊」「ユダ族のライオン」「ダビデの根また子孫」「輝く明けの明星」
「王の王、主の主」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
たとえば、「明けの明星」という。太陽そのものではなく、太陽に先立って昇るもの。
また、「神による創造の初め」という。 


104 :懐疑者61:03/11/06 22:41
84です。亀レスですみませぬ。
>>87
>そして、こういうやりかたによって「真理」を擁護するなどということを、
>父なる神や子なる神がお許しになったのだと、ほんとうに考えているのですか?
>という問いかけです。

>もし、神さまが、たとえば詩篇に書いてあるような神さまならば、
>「犠牲者たちの号泣を神は決して忘れず、流されたその血のために報復する」はずだと、思うのです。
>残酷な思想だと思われますか?私はそうは思いません。

残酷かどうかを考える前に、神が意図的に「許した」とか「報復するはず」というのは、
あまりに擬人化されており、自分の立場の思いこみや人間の感情を神の意志として投影する
都合のいい考え方と思います。

聖書や詩編に記述してあるような、神からの人間に対して何らかのメッセージや出来事というものが、
実際にあった出来事だったとしても、(字句通りとは思えませんし、また全てが事実とも到底思えませんが)
逆に、聖書や詩編に書かれてある事柄から類推して、人間世界で起きた(起きつつある)出来事に対して、
積極的に神の意志が働いたと考える、あるいは人間世界での論理的帰結によって神の意志が働くであろう
と考えるのは、人間のエゴであり、信心深いというよりも、むしろ冒涜的なのではないでしょうか。

つまり、私が言いたいのは、三位一体論争による人間世界での悲劇は、むろん当事者にとっては、
生死に関わる問題だったのでしょうが、神の絶対性と顕現性について論争した結果という反面、
神の意志とはなんら関係ないものであるという可能性はないのでしょうか。

三位一体論に対してどのような立場を取られているのかは知りませんが、そういった見方に対しては
どのようにお考えですか?


105 :名無しさん@3周年:03/11/06 22:44
『九位一体』が正解だと主張するアホがいたな。。。
ベニー・ヒンだったか。。。

106 :名無しさん@3周年:03/11/07 01:23
>人間世界での論理的帰結によって神の意志が働くであろう
>と考えるのは、人間のエゴであり、信心深いというよりも、むしろ冒涜的なのではないでしょうか。 (>>104

いいえ。

冒涜とはなんでしょうか。それは神を誤解し、させること でしょう。
「だれも理解できないから奥義である」という奇妙な考えを、ありがたがったりはできません。
そのように教えて「父」を誤解させることも。
むしろそれを憎み、悲しみます。

>もし、神さまが、たとえば詩篇に書いてあるような神さまならば、
>「犠牲者たちの号泣を神は決して忘れず、流されたその血のために報復する」はずだと、思うのです。
>残酷な思想だと思われますか?私はそうは思いません。

これが冒涜的でしょうか。私はそうは思いません。
神さまがいるなら、その方は無関心からは最も遠い存在でしょうから。
赤ちゃんを抱いたお母さんのように。
神を誤り伝えることを阻止しようとして、犠牲になった人 のために、神が事を正すのを期待することを
人間のエゴとは思いません。
「殴って判らせる」人にこそ、あてはまるでしょう。












107 :名無しさん@3周年:03/11/07 12:28
>>『九位一体』
言葉や文章というものは、先入観ひとつで、まったく別の意味に捉えることも
出来るからな。「そう読もうと思えば読めないことは無い」部分とかがあるんだろう。
機械がよく誤読をする。補正できるのは人間の脳だけ。場違いな台詞、全体の主張
との相違を、検出し、意味解釈を補正できる。当然、哲学も重要な要素だが・・・
さて三位一体論者は、どういう手法で九位一体という解釈を補正しようとするのか、
見たいもんだね。攻撃の過程で自打球を股間に当てないことを祈っておこう。


108 :名無しさん@3周年:03/11/09 02:19
子が父から生まれたので無いなら、3つの位格の「父」「子」「聖霊」という名は
関係性を表すための名称ではなく、それぞれ独立した、ただの固有名詞だと
いうことになってしまうと思うんだが。そうなると、なぜそんな名を選んだ
のかって疑問に当たっちゃったんだけど、そこはどうクリアされてるの?

あと、三位一体論者の間では、3つの位格のうち一番誰が愛されてるの?
聞いた話では「父」は、どうも不寛容な失敗者として捉えられているとか。
神も、失敗を犯すの?


109 :名無しさん@3周年:03/11/09 21:46
>>108
実はクリアされてないんだよ。
カトリックが「父と子よりいずる聖霊」正教会が「父よりいずる聖神(聖霊)」だから...

110 :名無しさん@3周年:03/11/10 01:27
でも日本のカトリック教会は使徒信経告白してその辺うやむやにしてるね。
こちらはおかげで気が楽だけど。
"e dal Figlio"のとこだけ唇ぎゅってつぐんでるのもちょと気まずいので。

111 :名無しさん@3周年:03/11/10 12:38
千数百年以上に渡って、伝統的に守られてきた教義があったとしても、
その間に行われてきた反論は、ほとんど圧殺されてきたわけだよね。
伝統という言葉じたいが、正当性の論拠にならないのは、どんな場合
でも当たり前なのだけど、キリスト教(おもにカトリックね)の伝統
的教義ほどに、なんらの重みも正当性も感じられない伝統はほかに無
いように思えてしまうんだけど。
こうして論理的に破綻しているようにしか見えない三位一体も、その
「暴力と脅しによって守られてきた聖書解釈」のひとつにすぎないのでは。
信じてる人は、そう疑問に感じたことは一度として無いんでしょうか?

112 :名無しさん@3周年:03/11/10 19:10
>>111
三位一体を信じないなら、たとえキリストを信じても無意味。
なぜなら、被造物である者が、人類を救うことはできない。
神であるキリストに、あなたは神ではないと言っているようなものだから、
そのような者は、呪われるでしょう。

113 :【】:03/11/10 19:26
> 被造物である者が、人類を救うことはできない。

父の御旨を無視して子イエスが人類を救おうとしても無理だったでしょうね。
でも、父がやはり人類を救う事を望んでおり、その仕事をイエスに実行させたのであればまったく問題ありません。
問題がないどころか力を授け全面的に後押しなさったでしょう。

114 :名無しさん@3周年:03/11/10 21:01
>>113
救いというものが、どういうことなのかをしっかり理解しない限り、
このような誤った考えに陥ることになる。
罪と悲惨の中にある人類を救うということは、神にしかできないことであり、
実際、徹頭徹尾、神が人類の救いを決意し、実行し、完成させるのです。
神は誰の助けも必要とはされないし、また、救いの事業を他の者に実行させる
こともしない。イエスが被造物であれば、せいぜい、ひとりの人間を救うこと
ぐらいしかできなかったであろう。

115 :名無しさん@3周年:03/11/10 21:06
>イエスが被造物であれば、せいぜい、ひとりの人間を救うこと
ぐらいしかできなかったであろう。

被造物である者が、神の怒りに耐えうることは不可能だと思われます
ので、ひとりの人間の罪を贖うことさえできなかったのではないでしょうか。

116 :名無しさん@3周年:03/11/10 21:13
>>113
もしかして、私でも、神様が力を授けてくださり、後押ししてくださったなら、
人類を救うことができたのでしょうか?
神様は、ご自身ではそれを実行することができないので、代わりに、イエスを用いて
救いの業を実行されたのでしょうか?

117 :名無しさん@3周年:03/11/11 00:26
>>111
リアリスト的な理論展開から、三位一体は、支持するんだが、歴史を背景とした場合、
そもそも、アタナシウスの論理展開は、おそまつだったし、それ以外じゃ、有名じゃないから、
その辺はいささか無理っぽいと思ってるよ。

118 :名無しさん@3周年:03/11/11 01:24
どうも三位一体論者が、その主張を確信に至る背景には「被造物=人類を救えない」
という前提的な信仰があるからなのかな。というか「救い」っていうのが何なのかを
はっきりさせないと、それが被造物たる子に可能なのかどうかもわからないね。

どちらかというと、この論法は、「救い」とは何かっていう個人の価値観の入り込みや
すい解釈をまず大前提として、そこから救い主は神かどうかを推論するという、か
なり土台のもろくなりやすそうな論法ではありますが。

119 :名無しさん@3周年:03/11/11 01:30
子というのは文字通り全宇宙を創造した存在だと記されてますが、
この宇宙全体において、子に不可能なことなんて、あるんですかね。
物質世界に対しては、ほとんど全能なのではないかと思うのですが。

120 :名無しさん@3周年:03/11/11 01:32
>>117
リアリスト的な理論展開ですか。どういうのか教えてください。

121 :名無しさん@3周年:03/11/11 12:34
アタナシウスがお粗末だったということは、神が三位一体かどうかといった
論争は、実質的には千数百年に渡って「凍結されてきた」議論であると言い得る
ってことなんでしょうね。つまり、今の時代になってようやくマトモな議論が
出来るようになった議題ってことですか。

122 :名無しさん@3周年:03/11/11 22:24
>>120
物質(ヤハウェ:わたしはある)が存在すれば物質法則(キリスト:ことば=ロゴス)も
同時に存在すると言うだけさ。
>>121
そういうこと...
それ以上に、マトモに論破はできないし、目に見えないことの是非を廻る論争自体が
(三位一体)、それほど、救いに、有意義なのか疑問でしょう?
イエスキリストを信じる信仰では、十分ではないのか、と個人的に言いたくなってしまうのさ。
目に見えることさえ分からない連中に、天を語る愚かさとしか、思えないんだ。

123 :名無しさん@3周年:03/11/11 23:13
神秘主義者には、信じられないものを信じるがゆえに信仰と言われてしまうかも知れないが、
物質、摂理も物質法則、霊的法則も聖霊も、自然(神)と言うことで一体でしょ。
結局、アタナシウスは、出来損ないの4代目クリスチャン以下と言うことだよね。
(アリウス論争のために、殺されたり、拷問にかけられた人がいました。)

124 :懐疑者61:03/11/11 23:29
>>106
「犠牲者たちの号泣を神は決して忘れず、流されたその血のために報復する」
という語句が、三位一体論争に関わって追放された、あるいは殺された人間に
適用する必然性はありません。
一般的に「犠牲者」というのは、死者に対して何らかの価値基準を当てはめた
言葉ですが、神が報復するための適用基準は、神が決めるべきものであって、
信仰者が介入して勝手に解釈することは、神に対する越権行為であり、これこ
そ冒涜的でしょう。
あなたが「神が報復する」ことを願うのも、何らかの報復と推測できるような
(大量死のような)事象があったとして、それを神の意志と思うのも、加えて
それを残酷と思わないのも、人間社会的には無罪であり自由ですが、率先して
暴力を奮うか否かの違いはあるにせよ、あなたとあなたが批判する「殴って
判らせる人」は、自分の願望を神の意志に置き換え正当化するという意味で、
全く同じ論理のように思われます。
つまり、神に絶対性と無誤謬性を認めるキリスト教では、聖書や詩編のような
書物において人間が現わした語句から神を擬人化して類推する姿勢そのものが、
各自によって異なる解釈を引き起こし、論争を招く潜在的な危険性を持ってい
る、そして、聖書や詩編から自らの解釈に沿うような事例を引っ張りだして
自説を補強し、神についての認識を深めたと思えば思うほど、神の真実は自分
の側にあると思いこんでしまった結果、次々と悲劇が生まれてきたのではないの
ですか。
私は、もちろんキリスト教だけではないと思うのですが、このような危険性を
踏まえずに聖典等の書物解釈の深みにはまることは、争いを大きくするだけだ
と思いますし、慈悲と慈愛を説くキリスト教の教えに照らしても無意味だと
思います。

125 :名無しさん@3周年:03/11/11 23:39
なにかアタナシオスについて批判的発言がちらほらしてますが・・・・

そもそもアタナシオスはニカイア公会議で大した役割は果たしてない、とか、
彼は理論家というよりは牧会的分野で力があったといった研究があるようで(たしかカンネギーサーとかいう人もこの手)、
アタナシオスをどうのこうの言ってもしょうがないんじゃない?

三一説の理論といえば、やはりカパドキアの三人をモデルにしないとね。

126 :元福音派:03/11/11 23:43
皮肉なことに、
三位一体論者の「永遠」理解はギリシア哲学系のもので、アレイオスのほうが、
素朴というか、初期キリスト教の理解の線上にあるわけね。

「生まれた」ということをアレイオスは完了形で語るのに対し、ニカイア信条
では確かアオリストになっている。この差によって、父も子も永遠であること
と、後者が前者から生まれたこととの両立を可能にしているわけだけど。



127 :名無しさん@3周年:03/11/12 19:05
昔ある日本の新興神道を教わっていた時、彼らの拝んでいる神様には日本語で表記された
長々しい名前があって、信者に聞いてみると、その神様は永遠から永遠に存在しており、
その名前も永遠の過去からあったと言っていました。
単純な疑問で「宇宙が出来る前は日本語は存在しませんでしたが、その頃からこの神様
は同じ名前だったのですか?」と尋ねると、信者さんらは悩んだあげく「複雑なことはわか
らないが、ともかく信じれば救われる」と言ってきました。
おそらく、普通なら当たり前のように頭に浮かぶはずの疑問を、なんらかの願望や、ワラ
にもすがるような継続的な安堵感の欲求により、頭の中から排除できるのが、宗教をする
人間の特質であり弱さなのだと感じました。

ところが聖書を見れば「はじめに言葉が・・」などと書かれています。
これには目からウロコでした。

「言葉」というものは、そもそも別々の自我が意思の疎通を交わすために用いられる道具で
あるし、また対象物が存在しない世界においてはその対象物を指し示す言葉も単語も存在し
ないわけですから、物質世界や、時間や、空間という実在に先んじて、まず概念、つまり
言葉がもっとも最初に創造されたという主張は、とても正しい主張に思えるわけです。
言葉や概念が存在する以前は「はじめ」という概念すら無いわけですから、我々がどんなに
時間を遡っても、そこには「はじめ=最初」などというものは存在しないわけです。
もし、はじめがあるとすれば、それは言葉の誕生と同時なわけですから、すべての最初に
創造されたものが、なんと「言葉」と呼ばれているという事実は、自分には脱帽だったのです。

その他大勢の非論理的で、うやむやな説明をする宗教とは、まるで別格の明確さでした。
単純明快で論理的、簡潔、それでいて深遠な真理、自分にはそう感じました。

ところが、三位一体論からすると、言葉、つまりロゴスは永遠から永遠に渡って存在して
きたものなのでしょうか? すると、なぜ彼はロゴスと呼ばれるのでしょうか?
明快な答えが欲しいです。そうでないと、その他大勢の有象無象の宗教から感じ取った、論
理的説明などどうでもいいといった雰囲気の混沌としたイメージを、聖書からも感じざるを
得なくなってしまいます。


128 :名無しさん@3周年:03/11/12 19:19
>>125
エウセビオスの時は3馬鹿だったけど、最終的には、アウグスティヌスの
「三位一体論」でない?捨てちゃって、今はもってないんだけど(¥6000くらいした)
愛は単独では、発生しないから、これは後でできたみたいなこと言ってた気がした。
弁証というより、神学でしょうあれは....
それに、アウグスティヌスの言い方だと、アリウスと別な意味で類質に聞こえるし...
愛の源泉たる聖霊は、すでに内在だったとすれば、まだ良かったが...
(部分理論的には、こちらのほうが正しいようにも思えるし...)

129 :名無しさん@3周年:03/11/12 19:54
>>127
ああ、なるほどね。
いちおう、物質(ヤハウェ)が存在した時から、「ことば(ロゴス)」は、ありますよ。
(ヨハネ1:1参)
たぶん疑問は、ここでしょ?
ロゴスが、「ことば」と訳された背景は、恐らく、旧約のダーバールとの互換を考えてのことだと思う。
ダーバールには、神学的に見て、重要な要素が2つあって、1つは、論理的、思惟的要素
もうひとつは、事物、事件(日本語では、「こと」(創世記18:14とか)と訳されています)
わかりやすく説明するために、ヤハウェ=物質、キリスト=ロゴスと言っていたんだけど、
もちろん、これは、厳密ではなく、あくまで、われわれが把握できる部分でしかないわけだ...
すなわち、ヤハウェが存在する時、その思惟的要素たるロゴス(キリスト)も同時に存在するわけさ☆

130 :名無しさん@3周年:03/11/13 02:59
>>129
どうも直接的なご解答なのかどうか、意味もよくわからないのですが・・
ヤハウェは物質なのですか?
あと、同時に存在しはじめると仰いますが、ある部分では同意です。
神が神と呼ばれるようになるのは、言語の誕生と同時ですから。
しかし、言語はあくまで対象の存在に依存するものです。
時空すらも存在しない世界における言葉は、存在自体があり得ないはずです。

131 :名無しさん@3周年:03/11/13 08:06
>>130
私説ですが、現在、人間が、理解できる範囲だと、物質、摂理、あたりだと思います
厳密ではないかもしれません。

132 :名無しさん@3周年:03/11/13 08:31
>>130
確かに、理科に強くないとすでにわかりにくい説明のような気がしてきたけど、
これ以上、簡単に説明できないんだよ。
あと、言語じゃなく、厳密には>>129のダーバールないし、ロゴスね。
新約では、法則(思惟的なもの含む)としたほうが無難
ヘブル語は、あいまい要素がおおくて、正確な日本語に訳すのは、困難なんだ。

133 :名無しさん@3周年:03/11/13 23:16
>>132
そうですか、残念ですね。
宇宙論も、生物学も、それなりに必要な部分の知識はかじったのですが。
でも一応期待は残しておきましょう。
「神と科学」といった本や、諸々の一般向けの量子論本などは、専門用語を
きちんと一般用語に変換して、わかりやすく説明してありましたし。
言葉というものは、より平易なものにいくらでも変換可能ですから、ロゴス
と呼ばれるキリストもそのいい例を示しているように見受けられます。
難解な物事を、同じロジック構造の例え話に変換して、学の無い民衆にも
見事に伝えていました。その逆をやっている自称お弟子さん方には何度も会
いましたが、自分としてはキリストと同じことをやる人こそがキリストの
真の弟子なのではないか、と実に単純明快に考えています。


134 :名無しさん@3周年:03/11/13 23:56
ところでロゴスの原点がヘブライ語ダーバールであるとの見方は、
なんらかのヘブライ語の写本などにより確認されたものなのですか?

135 :名無しさん@3周年:03/11/15 19:44
大変申し訳ないが、ヘブル、ギリシャの対訳の写本は、持っていない。
また、ダーバールは、レーマと訳されてしまう場合もあるので、
以下参照していただきたい。
http://ha3.seikyou.ne.jp/home/tenryo/John00.htm
ホームページ自体は教会とは関係なさそうだが、北関東宣教セミナーの講座はこれに近い内容のものがあった。
受講者は、牧師がほとんどだったので、仮に大きな誤りがあるなら、福音派(福伝)全体が誤りとも言える。

136 :名無しさん@3周年:03/11/17 13:37
3つばかり質問です。

神の名は「いつ」からあると思われますか?
神の名の「使用目的」はなんだと思われますか?
神は「失敗」をおかすのですか?


137 :名無しさん@3周年:03/11/18 23:30
上の二つは、推測の域を出ないけど、
>神の名は「いつ」からあると思われますか?
アダム、イブの時か、モーセの時(出エジプト3:14)あたりが、有力かと....
>神の名の「使用目的」はなんだと思われますか?
正説では、神の自存性、独一性、永遠性を表すことばらしいですけど
個人的には、「説明」だと思っています。

>神は「失敗」をおかすのですか?
本質が、「摂理」なので、わたしたちの目には失敗に見えても、正しいんだと思いますよ。
ただ、ヤハウェ自身は、善悪を超越している気がするのですが.....

138 :名無しさん@3周年:03/11/19 13:34
>>137
ご意見をまとめると、こういうことですか?
神の名とは、神自身によって、対人間用に、人間の創造の
前後の時期に「創造」されたものであり、その意味するとこ
ろは、神の何らかの性質もしくは目的の説明である、と。

神は失敗をおかさない。
これをやる、と宣言したものについては、必ず成し遂げ、
人間の目に一見それは失敗に見えても、よく見れば失敗で
はないことがわかる。
・・という感じですか?


139 :名無しさん@3周年:03/11/20 01:13
みなさん、「神の河 キリスト教起源史」でも読んだら?
青土社2002年10月初版 著者はグレゴリー・ライリーさん。
わかりやすいよ。ちょっと高いけど(3200円)。
「ひとりの神から三位一体へ」など読めば、疑問は氷解するでしょう。
アリウス派(御子従属論)についても詳しく書いてる。

(ちなみに私は福音派です。すべてその立場からカキコしてます。念のため。)

140 :137:03/11/20 22:07
>>138
私見ですが、そう思います。

神は失敗をおかさない。
これをやる、と宣言したものについては、必ず成し遂げ、
人間の目に一見それは失敗に見えても、よく見れば失敗で
はないことがわかる。
・・という感じですか?

再び私見ですが、人は、善悪で物事を判断しようとしますが
ヤハウェの思惟は、「摂理」では、ないかと....
善悪を基準とすると、その段階で、ヨブ記が、教理的におかしくなってしまうんです。

141 :名無しさん@3周年:03/11/21 23:06
「摂理」とは何ですか?
またその語句は聖書のどの部分にあり、あるいはどの語句の翻訳ですか?
より平易な表現に置き換えることが出来るなら、そちらのほうでお願いします。

ちなみに、自分は善と悪というものは、創造された概念にすぎないと考えています。


142 :名無しさん@3周年:03/11/22 21:32
>>141
弱肉強食、その他、「自然の摂理」聖書本文中は、「ありてある」のみ
私自身が言う、ヤハウェ>「存在」も、「摂理」も分かりやすく説明しているだけ、
厳密さを追求すると、難があるはず。(神は愛なりと同じこと)
ところで、その、創造されたとは?案外、似たようなことを言ってる恐れあり。
キリスト教と仏教、また、神道の場合、愛が違うだけで、共通部分も意外に多いと思われる。
が、輪廻転生に関する限りは、聖書信仰者は否定、社会派は、不可視なことゆえ、
多くを述べないことが賢明と考えている人が多いように思われる。

143 :名無しさん@3周年:03/12/22 15:07
age

144 :144:04/01/21 20:20
∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ___\(\・∀・) < 新しい理論まだ〜?

            \_/⊂ ⊂_ )   \_____________
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| |
       |  神論   |/


145 :名無しさん@3周年:04/01/22 20:36
僕らも僕らの身体がなければこの世における僕らの存在が
表せないのと同様、神もキリストとして現れなければ、その
存在を人間に認知されることはできないからそうなさったまで。

私を見た者は父を見たのだ。


146 : :04/01/22 20:52
キリスト前の人類が神を認知していなかったと言い切るのかw

147 :名無しさん@3周年:04/01/22 21:02
昔は神は天使として現れたので認知していたようだけど
人間はすぐ堕落するので、決定的に現れたのでしょう。

今ももう認識しなくなってしまった。


148 :名無しさん@3周年:04/01/23 12:57
結論    イエスは天使たちと同ランクだったと

149 :名無しさん@3周年:04/01/23 15:33
その結論じゃ三位一体の正統教義にはならんでしょ。
キリスト=神の分身ってことになるじゃん。


150 :名無しさん@3周年:04/01/23 23:03
三位一体に正統教義なんてあるの?

151 :名無しさん@3周年:04/01/27 21:15
キリストは神の分身です。以上

152 :名無しさん@3周年:04/01/27 21:19
本体ではありません。念のため

153 :名無しさん@3周年:04/01/30 23:56
キリストは我らと共にいます神。

154 :名無しさん@3周年:04/02/02 18:54
聖霊は神の霊です。


155 :名無しさん@3周年:04/02/02 19:15
>神は失敗をおかさない。

聖書が正しいとすればだが(w

ならば、サウルを王としたことを、何故、神は悔やんだのだろうか?

156 :名無しさん@3周年:04/02/03 23:18
神が悔やむと三位一体の説明がしづらくなる訳でもあるまい

157 :名無しさん@3周年:04/02/05 11:21
聖霊はイエスの母親なのでしょうか。

158 :質問返し:04/02/05 20:13
>>157
最初の人 アダム には母親がいましたか?

159 :157:04/02/06 11:48
肉の母はいないが創造の働きの母がいたのでは。

160 :結論:04/02/06 18:17
神学論争では、お互いに、バカの壁は越えられないと思っている。

不毛だ。
実に、不毛だ。(w

161 :名無しさん@3周年:04/02/06 18:22
>>160

毛を生やしてどうする?

162 :名無しさん@3周年:04/02/06 18:55
>>161
アデランスが、いらなくなるかも。

163 :名無しさん@3周年:04/02/07 16:52
聖霊の働きは神の意思。

164 :164:04/02/24 15:46
キリスト論論争史
http://www.sanpaolo.or.jp/catalog/2003/OtherBook/818404969.htm

165 :名無しさん@3周年:04/03/23 14:05
>>164
キリスト論論争史
水垣 渉、小高 毅 編
●判型:A5判上製
●頁数:586頁
●本体価格:8.800円
●ISBN:4-8184-0496-9
●発行所:日本キリスト教団出版局

8800円じゃあ、高すぎて、買うやつイネーよ(w

166 :名無しさん@3周年:04/03/31 14:43
果たしてオウム(アレフ)の教義は完璧なのか?http://life.2ch.net/psy/kako/1027/10272/1027241172.html
果たしてオウム(アレフ)の教義は完璧なのか?2http://life.2ch.net/psy/kako/1035/10350/1035025652.html
果たしてオウム(アレフ)の教義は完璧か?http://life.2ch.net/psy/kako/1037/10371/1037170497.html
果たしてオウム(アレフ)の教義は完璧か?4http://life.2ch.net/psy/kako/1039/10391/1039186321.html
果たしてオウム(アレフ)の教義は完璧か?5http://life.2ch.net/psy/kako/1042/10423/1042359323.html
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?6http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1050853885/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?7http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1053615404/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?8http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1056632966/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?9http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1059141640/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?10 http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1061296400/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?11http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1063541752/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?12http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1065615770/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?13http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1068336159/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?14http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1071756287/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?15http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1073213953/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?16http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1075240714/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?17http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1076600547/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?18http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1077625362/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?19http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1077866713/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?20http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1078289939/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?21http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1078924094/
果たしてオウム(アーレフ)の教義は完璧か?22http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1079937025/

167 :167:04/04/05 17:34
神の河 キリスト教起源史
http://images-jp.amazon.com/images/P/4791759907.09.LZZZZZZZ.jpg

168 :名無しさん@3周年:04/04/06 18:37
聖霊は神でしょうか。

169 :名無しさん@3周年:04/04/18 15:50
キリスト教は三位一体説ですから、厳密な意味では、一神教ではないのかも知れません。

170 :名無しさん@3周年:04/04/18 15:54
一神教です。

171 :171:04/04/19 14:34
>>168
聖霊は神というより神の霊なのでは。


172 :名無しさん@3周年:04/04/19 14:35
>>171
異端です。

173 :名無しさん@3周年:04/04/19 15:15
ものみの塔は一神教・キリスト教では?


174 :名無しさん@3周年:04/04/20 23:00
あいかわらずここはスレが伸びねえな。
84=124に荒らされた挙げ句ってか・・・。
まっ,結構痛いトコついてるつもりだけど,大上段から
振り下ろした一太刀でぶった切れるほどキリスト教の
歴史は簡単ではないし,良く読むと言ってる意味わかんね。

175 :名無しさん@3周年:04/04/21 11:39
神は全能なんだから分身も合体も出来るだろ。


176 :名無しさん@3周年:04/04/27 17:17
内在的三位一体論
経綸的三位一体論

177 :名無しさん@3周年:04/04/27 17:19
>>176

何だね、それ?


178 :名無しさん@3周年:04/05/18 15:01 ID:RCbcRuWa
神は一人ではないのか。

179 :名無しさん@3周年:04/05/20 18:31 ID:+xBQKDIs
神は唯一です。

180 :名無しさん@3周年:04/05/20 18:34 ID:/ll0X+vI
二回変態を繰り返す生物ってことだな。
ちょうどエイリアンのようなものだ。

181 :名無しさん@3周年:04/05/20 21:23 ID:JTqqA8BI
>>179
神は唯一なら父と子と聖霊ではどれが本物の神様ですか?


182 :Kirklad ◆PQrs2OUULQ :04/05/21 17:25 ID:4fOAV2Pt
全部

183 :名無しさん@3周年:04/05/25 07:57 ID:IHms9YmP
父だけが唯一の神です。

184 :184:04/05/25 15:16 ID:GJ80H06r
子は新しい契約の唯一の仲介者

185 :名無しさん@3周年:04/05/25 15:38 ID:m0pCapQw
唯一神の神もGOD
神々の神もGOD

186 :名無しさん@3周年:04/05/25 18:36 ID:ABHCVZrZ
三位格全てが神ならキリスト教は三神を拝む多神教ということになり
父だけが唯一の神なら子(キリスト)は神ではないということになる。

いずれにせよ三位一体の教義は理論的に完全に破綻しているのは明らか。

187 :187:04/06/02 19:08 ID:BlXqcVhx
 ________________
 三位一体に変わる新しい理論とは?
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

188 :名無しさん@3周年:04/06/14 13:53 ID:8Yp8O7l2
>>187
心・技・体

これ武道の教え。

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